2015年11月01日

明智藪(福知山)

 京都府福知山の土師宮拱橋はウイングがなく築堤斜面と同じ角度で切り落とされていた。
それは、由良川、土師川の洪水で鉄道橋梁が流され、結果として鉄道線路のルートが若干移動したせいだと考えた。Webでも福知山洪水の資料は多い。

 今日は福知山へ再訪した。
@明智藪
A福知山治水記念館
B図書館
現地で、資料を見ると何かが得られることを期待して。
駅からレンタサイクルで走る。

明智藪は福知山城を築城し福知山を開いた明智光秀の名に由来する。
築城のため由良川の流路を変え、堤を備えた。
この堤に竹を植え、竹が根を張り堤の土耐力を上げること期待した措置と言われている。

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由良川は本来、現在のお城に向けて流れ、そこでUターンするようにして北上したものを、土師川合流付近で止めて北上させた。開いた空間に築城し城下町を作った。
 図書館の福知山市史を閲覧すると
城下町を建設するために必要な措置であったが、自然の流路を変えたことは、災害を大きくした原因であった。明治29年、同40年と二回の大洪水は由良川が元の姿を復元し、あたかも人為に報復したようであった」(第4巻P444)

治水記念館では本日第1号の観覧者ということで職員の方が熱心に説明してくださった。
130年前の町屋をそのまま記念館としている。

DSCN9262.jpg

それは130年前からの水害対策が町屋に組みこまれていたから、一般民家を使っていたのだ。
家屋に浸水しだすと荷物を上の階へあげる定滑車装置。この手動リフトを「タカ」という。水害と同居しないと暮らしていけない土地柄なのか。

明治、大正、昭和、平成と幾度となく水害に襲われている。
昭和28年の災害は「にっぱち災害」と呼ぶそうだあるが、水位が8メートル。
二階建ての家でさえ屋根しかでないような水位である。

鉄道遺産のレンガアーチの改変がいつ行われたかはわからなかった。
帰路、廃止されたレンガ橋脚が屹立しているところがあった。
いつか、見に行こう

posted by たけちゃん at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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