2010年04月18日

百年前の日本

■天神橋筋商店街
最近の記事が「ねじりまんぼ」に傾きすぎているので、今日は「恐竜の日」にしようと意気込んだ。

ブロキオサウルスのウロコ付けに8時間!(夜の2時までして朝の6時から10時まで)

20100418.JPG

大阪自然史博物館の「大恐竜博へ」行くぞ!

それが、駅で電車は待てど、来ない・・・
人身事故があったとか・・・
乗れば乗ったで、途中の駅で暫く動かない・・・

「警視庁物語(下)」を読むしかない。

・・・

それで、一駅乗り過ごし。気がつけば「天六」駅

戻ろうにもまた、電車が来ない。タイミングが悪い。

腹も減り天神橋筋商店街でお好み焼きでも食べるとしよう。
お好み焼きは「大ですか小ですか」と聞かれ「大」

今のお好み焼きは小さすぎる。
ソースも辛い。広島風に慣れ親しんだせいか。やはり丸ちゃんのお好み焼きが良い。
丸ちゃんのお好み焼きは15分焼く。
したがって何分で仕上げるか知らず知らず頭のタイマーでチェックが入っている。

日本一長いといわれる商店街を天六、天五、天四・・と天二の天満の天神さんまで歩く。

リーズナブルという印象。それで、ケーキ屋さんで「扇町ロール」の看板。「堂島ロール」は聞いたことあるけど・・・
もう少し歩くと今度は「天満ロール」・・・
途中駄菓子屋で「北新地 呼吸チョコ」をお土産に・・・

非常にローカル的ブランド名を作るという商法か?

古本屋で「百年前の日本」という写真集を購入。
喫茶店でお茶しながらぺらぺらめくる。
「●●屋さん 行列できてるわ」
「どうせ、サクラちゃんやろ」
「?・・・!」

この喫茶店に入る前、思わず寄ろうかとした店のことだ。
この「サクラちゃん」という言葉にその商法

うむなかなかと思う。

■「百年前の日本」


百年前の日本―セイラム・ピーボディー博物館蔵

百年前の日本―セイラム・ピーボディー博物館蔵

  • 作者: 小西 四郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1983/01
  • メディア: 単行本





大森貝塚を発見したモースが色々写真撮影していたものだ。

「大森貝塚を発見したことで有名なモースは1877年に来日し、前後3回、2年3ヶ月あまりの滞在中、日本各地を旅した。そして多くの民具や文物を収集した。帰国後、ピーボディー博物館館長となったモースはそれらのコレクションの保存と整理に当たった。ここ紹介する300点の写真もそのコレクションの一部だ。セイラム・ピーボディー博物館の全面的協力のもと、モース・コレクションとして1世紀にわたり保存されていた幻の写真を現地取材。それは100年ぶりの発掘といえるものだった。写真は、現在では失われてしまった日本の光景を見事に写し撮っていた。もちろん、カラー写真はまだない。着色写真は、明治に入って職を失った日本画の絵師たちの手によるものだ。ガラス板に細かい毛筆を使い、多くは岩絵の具で着色された。当時の絵師たちの技術は世界最高水準にあった。鮮やかな色彩で100年前の日本が甦ったのである。執筆陣には各分野の第一人者を迎え、全写真を解説。」(アマゾン解説)

お〜!ねじりまんぼの時代だ。
どんな作業着かと昨日考えた答えがあった。

「造作をする大工」とか「小屋梁を作る大工」の写真。
1890年。
チョンマゲはいますか?いました。
着物着てますか?大工さんの恰好としては法被にももひき。それにねじり鉢巻。足袋にわらじ。
「ヨイトマケ」ca.1900Laying foundationという写真は1900年、鉄の重石をヨイトマケの声でやぐらにかけた綱をひっぱりドスンと落とす。ここには女性労働者の姿。手ぬぐいを頭にかけて着物に帯。

「良いといういうところまで巻け」=「ヨイトマケ」かな?

馬に荷物を乗せて運搬する「駄賃もち」と呼ばれる人は手ぬぐいでほおかぶりして笠をかぶり法被に股引は大工さん同様

そんなファッションや、「円山公園の桜」とか八坂神社の前の大通りに清水の三年坂(産寧坂)。勿論、銀座(1890年)赤阪、浅草。
安芸の宮島の大鳥居。
 円山公園のしだれ桜はこのあいだ撮ったやつかな?!

そして農村風景
田植えする人々の遠景には遥か水田と木立。

ねじりまんぼの時代、富田あたりから茨木を鉄道の線路測量するのに茨木の紫明園あたりのお寺の松が目標になったという

原野か田んぼが一面に広がっていただけなのだろう。

posted by たけちゃん at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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