2015年11月08日

山陰本線 下山駅

 福知山に行く途中、レンガ造りの橋脚が屹立しているのが気になっていた。
昨日は、京都7時半発の福知山行き各駅停車で「下山駅」へ行った。各駅停車でないと止まらない小さな駅だ。
しかし、途中「亀岡」「園部」と止まるので京都駅で乗り込む人は多い。満席だ。
 下山駅到着9時半。2時間の旅だ。
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駅前道路をゆるゆる東側へ下る。
向かいに集落がある。
この駅が高いところにあるのがわかる。
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誰もいない。
10分足らずで目的の屹立するレンガ造りの橋脚に出る。
「高屋川橋梁」
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いろんなアングルから撮影

次は引返し駅の西側に向かう
途中、「吉尾沢橋梁」に出くわす

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径間長40mとあった。橋台はレンガ造りだ。
深い沢で、急斜面だ。ここは遠慮して撮影のみ。
携帯のグーグルマップで道を確認しながら歩く。

「質美川橋梁」に出る
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質美川橋梁を後にしてトンネルを探しに行く。別の集落に行くが行き止まり
田舎の風景が広がる
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それでも質美川橋梁の別のアングルからの写真が撮れた
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posted by たけちゃん at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

明智藪(福知山)

 京都府福知山の土師宮拱橋はウイングがなく築堤斜面と同じ角度で切り落とされていた。
それは、由良川、土師川の洪水で鉄道橋梁が流され、結果として鉄道線路のルートが若干移動したせいだと考えた。Webでも福知山洪水の資料は多い。

 今日は福知山へ再訪した。
@明智藪
A福知山治水記念館
B図書館
現地で、資料を見ると何かが得られることを期待して。
駅からレンタサイクルで走る。

明智藪は福知山城を築城し福知山を開いた明智光秀の名に由来する。
築城のため由良川の流路を変え、堤を備えた。
この堤に竹を植え、竹が根を張り堤の土耐力を上げること期待した措置と言われている。

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由良川は本来、現在のお城に向けて流れ、そこでUターンするようにして北上したものを、土師川合流付近で止めて北上させた。開いた空間に築城し城下町を作った。
 図書館の福知山市史を閲覧すると
城下町を建設するために必要な措置であったが、自然の流路を変えたことは、災害を大きくした原因であった。明治29年、同40年と二回の大洪水は由良川が元の姿を復元し、あたかも人為に報復したようであった」(第4巻P444)

治水記念館では本日第1号の観覧者ということで職員の方が熱心に説明してくださった。
130年前の町屋をそのまま記念館としている。

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それは130年前からの水害対策が町屋に組みこまれていたから、一般民家を使っていたのだ。
家屋に浸水しだすと荷物を上の階へあげる定滑車装置。この手動リフトを「タカ」という。水害と同居しないと暮らしていけない土地柄なのか。

明治、大正、昭和、平成と幾度となく水害に襲われている。
昭和28年の災害は「にっぱち災害」と呼ぶそうだあるが、水位が8メートル。
二階建ての家でさえ屋根しかでないような水位である。

鉄道遺産のレンガアーチの改変がいつ行われたかはわからなかった。
帰路、廃止されたレンガ橋脚が屹立しているところがあった。
いつか、見に行こう

posted by たけちゃん at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする