2015年01月31日

元茨木川橋梁橋台 とうかい155

 寒い日だ。ときどき雪も舞う。
どこにも出ないで元茨木川の橋台を3次元CADのSketchUPで作図。

クイ基礎の井筒を表現するため土かぶり、道の部分は透明にしてある。

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この橋台には石を割るための矢穴がそのまま残っている。
■矢穴 
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石の整形も少し粗い。レンガアーチはツライチになっている方だ。

■ツライチのレンガアーチ端
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■ノコギリ歯のレンガアーチ端
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2015年01月30日

橋台CAD 元茨木川橋梁

 元茨木川橋梁の大阪側の橋台を3次元CADで作図
採寸したものの一人作業なので誤差は免れない。
クイはウェルとも井筒基礎ともいう。レンガ造りのクイだ。
史料によると9フィート2本であった。
史料は単線時の資料である。
複線で橋台は延長する必要が生じ、もう1本井筒基礎が造られた。そう考えている。

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平面的には茨木川と鉄道線路とは斜め交差していた。
橋台の隅角を計れば63°であった。

クイをつなげるレンガアーチ。
右側の古い時期のものはツライチ仕上げ。
左側の複線用橋台側のレンガアーチはノコギリ歯。
ねじりまんぼで仕上げていたのだろう。

ちなみにこの茨木川橋梁の近くにねじりまんぼの門の前橋梁がある。

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アーチ構造をとることで2本のクイに立脚した橋台ができた。しかしアーチ下部の空洞に築堤部から土が崩れて流入してくる。したがってここでは石が積まれた。
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2015年01月27日

元茨木川橋梁橋台で

日曜日、元茨木川橋梁の石積み橋台を観察に行く。
このあいだは大阪側の橋台であったが今回は京都側の橋台。
採寸する。
 そうするとにっこり笑ってオジサンが来る。
なんだよ?!
話をすればどうやら同好の士。

この元茨木川橋梁の橋台の面白さを説明してやった。
ここには3本のクイ(井筒基礎)があること。石の加工状態、整形状態の違いからどうも単線で設計し、後の複線時に接続したと思われること。
矢穴があること。

 ちなみにその前の週だったか、大阪側の橋台を採寸していたらおまわりが二人来て、職務質問。
うっとうしいけど愛想よく答えて、これまた「明治の土木遺産」などと講釈垂れたが、今度は「自転車の登録番号を確認させてもらいます」とか、なんとかちっ(怒った顔)
 少し、人の通り、車の通りが多いとこの始末。

まあ、すこしづつデータ収集。

iphoneのパノラマ写真機能で撮影
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曲がって見える

石の整形も荒々しい。レンガアーチはツライチ
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端正に整形された石を積んでいる。レンガアーチはノコギリ歯。
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左右の石の様相が違うし、いろいろ違いがある。
単線時の橋台に複線に伴い接続拡張したと考えている。


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2015年01月25日

「24の瞳」

 高峰秀子はわが父母より数年前に生まれている。一世代前の人。名前ぐらいは知っている。
「24の瞳」という映画もテレビで見たことはある。

工事のため37,8の頃は愛媛県の内子にいた。
そのころ時間があればスケッチをした。スケッチブックには‘92(H4)とある。

内子の屋根のある橋。田丸橋。
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「そう上手いこと いきまへんなあ」が大阪弁なら
「そうは五十崎(いかざき)内子の手前」と言って舌をペロッと出して言うのは地元だけのダジャレ。
内子は五十崎(いかざき)の隣村であった。
ちなみに「嫁にするなら南予の娘」は司馬遼太郎の名言。
その通り。明るく世話好きな人が多かった。

「24の瞳」は同じ四国といえども高松にある。愛媛松山が「坊ちゃん」で有名であり、明治の古都。
それに対して高松は大阪、岡山という大都市の出入り口。ちょっと近代的な都市。
愛媛の工事が終わり、ずるずると高松どまり。小さな営業所の責任者なったから。

昨今、香川県は「うどん県」と自称しているが、よくうどんを食べた。
少しモダンな建物がある高松からフェリーで1時間で小豆島に行ける。

「24の瞳」の小豆島でも測量施設の建設をしたことがある。
しかし、そのころこの作品に興味はなかった。
けさ、たまたまラジオを聴いていたら「24の瞳」の話があった。

ネットでダウンロード(Amazonnインスタント・ビデオ)
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朝から年甲斐もなく泣けてくる。
わが両親よりいくらか年上の子供らが主人公。
静かなる反戦映画とも言われるが、なんと苦しい時代を生きたのだろうかと思う。

「24の瞳」は別れ、さよならの場面が多いこと。子供もおなご先生も涙ぐむ場面が多い。
彼らの瞳がなんどもなんども涙で光る。
希望の瞳は涙の瞳と裏腹であった。

童謡を大事にしたと監督の木下恵介。
「カラスなぜなくの」がテーマソングのように歌われる。
子供らの愛唱歌であったが、かれらの姿とも重なりあったカラスの歌だ。

この間から読んでいる高峰秀子の「わたしの渡世日記(下)」読了
本を読み映画を見て、高峰秀子という人を見直した。





posted by たけちゃん at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年01月21日

わたしの渡世日記+α

 土曜、日曜と勤務したので2連休。
昨日は朝から高峰秀子の「わたしの渡世日記」を読み、近くの健康ランドで気分転換。
平日の昼間だから、シニアばかり・・・
自動車の運転免許の更新手続きで警察にも行く。
近くの喫茶店でお茶するが、昔昔の風情のある喫茶店。

帰宅して、たまたまネットで高峰秀子の古い映画がYouTubeにあった。
「秀子の車掌さん」
昭和16年の映画だが54分、最初から最後まで視聴できた。
昭和16年の長閑な風景に興味がひかれた。
起承転結やドラマチックなところは一切ない。
ただ淡々とした会話とシニカルな展開。
濃い味しかわからない人間にとってこんな薄口では、どうにも物足りない。
映画創世期は淡泊であったものが生き馬の目を抜くほどの映像時代となり、少しずつ味の濃い、ドラマチックなものに仕立てられたのだろう。

ちなみに別の動画で高峰秀子は何十本の映画で主人公になったけど、「手も握られず、裸にもならず」と監督の木下恵介と対談していた。
あとしばらく高峰秀子の本を読む













 
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2015年01月18日

年寄の角度計測

 前回、元茨木川橋梁の橋台を作図しかけた。この橋台は上から見ると平行四辺形になる。この狭角は国土地理院の地図で測った。
 国土地理院の地図でもこれだけ細かい箇所では精度的に怪しいものだ。

そうだ、デジタル分度器があった。忘れていた。(健忘症?)

 さっそく測りに行く。

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∠ABCを計る

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117.2°

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国土地理院の地図で得た値と同じ。

ついでにねじりまんぼの「門の前橋梁」に寄って、ここでも交差角を測ろう。
行ってみて思い出した。
いや、測ったぞ。かなり前。
健忘症!!

最近、本を読み切るというのが減った。
なんとか 高峰秀子の「わたしの渡世日記」を下巻まで読み進んだ。
本を読まなくなるというのも老化の現れだろうか?とも昨今思っていたが、まだ、興味がひかれれば読む能力がありそうだ。少し安心。

 女房殿がパックにはいった弁当を電子レンジで加熱するのに、紙が貼ってあってあるのにいいのか?皿に移さなくてよいのか、燃えないのかとかまびかしい。
こういう会話を若い人が聞けば、何を言っているのと首を傾げるのではないだろうか。
コンビニではさっさと店員がレンジでチンしている。
ずれている。これは老夫婦の会話ではないだろうか?

老化を意識する今日このごろだ。
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2015年01月12日

作図

買った遠近両用の眼鏡をかけて本を読んだりパソコンに向かうが、慣れない。
本は前からの老眼鏡のほうがしっくりしている。女優の高峰秀子の「わたしの渡世日記」を読む。
図書館でなんの気なしに手に取った本だ。意外といえばなんだがよさそう。

自転車で元茨木川橋の橋台(とうかい155)を撮りなおす。
途中、安威川を渡ったところにある「竹ノ串橋梁(とうかい153)」の橋脚を撮影。
冬枯れで雑草で見えにくかった石積み橋脚が見えた。

とうかい155の橋台を図面化

写真をCADに取り込み、石積みを上書き
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見向きもされない近傍のレンガ遺産である。
その橋台の石の位置を書いた図面の必要性はないのかもしれない。
暇人ならではの作業だ。できるかどうかもしれない・・・

採寸も不十分だが、作図も進める。自分の想像図である。

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橋台は平面的には(上から見ると)、平行四辺形だ。
杭はウェルと呼ばれるレンガ製のクイ、井筒基礎だ。直径9フィート(2m74cm)。それは文献で分かっている。明治27年の資料では2本のウェルとなっている。
明治29年に複線化されたときに、この橋台の拡幅のためウェルをもう1本追加し、橋台も一部壊し、増結したのだろう。そう推測しているが、それを調べている。
判然とした接続痕がない。
図を書くと確かに中心軸に対して左右対称ではない。
平面的に平行四辺形がなすワザなのか?





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2015年01月11日

川端康成文学館

 朝一番に和菓子を買って親父の家に行く。まあ、元気か。
遠近両用の眼鏡眼鏡ができたという連絡が昨日あったので、阪急茨木市駅に近い眼鏡屋に取りに行く。
茨木神社では恵比須さんだが、立ち寄ることもなく自転車で商店街を抜ける。
その足で元茨木川の橋台を調べるつもりだ。

行きがてら、「川端康成文学館」の前を通ると「俳句コンクールの作品発表」という掲示があった。
ちょいと覗く。
この文学館ができて何十年となるだろうが、入るのは初めてだ。
ノーベル賞受賞者の川端康成はこの茨木の出身だ。
しかし、「雪国」にしろ「伊豆の踊子」にしろ書名は知ってはいるが読んだこともない。
どうも、あわない。
俳句は一般の部、高校生の部、中学生の部、小学生の部とあった。
高校生の俳句はみずみずしい。

丁度、「川端康成からの年賀状」を期間限定で展示されていた。

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「頌春  川端康成」  「謹賀新年 川端康成」と極めてそっけない年賀状だ。
それと、名前を楷書で書いたものと崩した字体のもの。読めない。

鎌倉の康成の書斎
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座卓に硯。本当、明治の文人なのだ。
ちなみに手前の竹かごは反故となった原稿。ごみ入れだ。

記念にポストカードを2枚買う。
1枚は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」

「雪国」の1節。そのトンネルの写真1枚。
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もう1枚は「天城トンネル」。「伊豆の踊子」の舞台だという
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「合わない」と思っていた康成先生も「まんぼ」に縁があったようだ。わーい(嬉しい顔)

予定通り、すぐ近くの元茨木川の橋台を調べに行く。測距器で採寸。
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2015年01月10日

福井県立恐竜博物館 原始鳥類の化石

 3連休。
福井県立恐竜博物館に行く。
京都駅8時11分のサンダーバードを昨晩ネットで予約。9時35分に福井駅。えちぜん鉄道で小1時間ほど。
11時頃に到着。

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動くティラノサウルスはもうおなじみだ。

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全身骨格の90%が本物の化石で構成されたカマラサウルス
鏡に自分も入れて撮影

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今日はお客さんが少ない。ガラガラだ。独り占めだ。

それで、最近発見されたという原始鳥類の化石を見る。

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30cm×40cm位の箱。骨格というと太さが3mm程度。それが重なっている。
枝が重なり合っている感じ。

その復元図というか想像図

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ちなみに始祖鳥

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その化石標本

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骨だけでなく羽毛が土に押し付けられ石化して陰影を残している
始祖鳥の前の「原始祖鳥」(プレ始祖鳥)

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帰路、えちぜん鉄道で雪が雨になったり、また雪になったり。
どこにも立ち寄らず帰阪。
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2015年01月06日

鳥の化石と羽毛恐竜



正月 雪が少々積もる。思わずベランダから撮影。
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例年のように息子夫婦が来阪。私と女房の実家の新年会で親戚一同と会する。
我が両親に「お前も60になったのか?!」
驚かして悪いけど、そう、もう今に61歳さ。

雪が降ると福井の恐竜博物館にでも行こうかとも思っていた矢先、鳥の化石が発見されたとか。
恐竜でなく鳥。1億2千万年前の原始鳥類。
去年行ったあの化石採集場で発見されたのだろうか?

ちなみに我が家には羽毛恐竜2匹いる。
鳥のように羽毛が生えている。羽毛恐竜だ。

1匹は半身像で東京にいた頃に作った。6,7年前のことで、つたないが記念品だ。ディノ二クス。
毛がふさふさしている。柔らかい繊維を植え込んだ。

小さいのはフェバリットのフィギュア、ヴェロキラプトル
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ワニのようなウロコ状の体表が恐竜の相場であったのが、最近では毛がはえた恐竜。羽毛恐竜として造形されるものが多々ある。あのT-rexさえも馬のたてがみのようなものを生やした復元図が出現している。

また、福井県立恐竜博物館に行かなくては・・・

※ヴェロキラプトル(学名:Velociraptor)は、約8,300万- 約7,000万年前(中生代白亜紀晩期)の東アジアにあった大陸に生息していた小型恐竜。獣脚類に属す。化石はモンゴル、中国、ロシア東部から、V. mongoliensis とV. osmolskae の2種が発見されている。
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2015年01月01日

謹賀新年

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