2014年12月31日

2014年 総括(レンガ遺産探訪)

 「寒い年末だ。パソコンの調子が悪い。なかなか起動しない。挙げ句、起動しても突然切れる・・・」
この文章は昨年の12月29日のブログの書き出しだ。
全く今と変わらない。そして昨年同様「今年のブログを総括しておこう」(進歩がないなあ)

1月 昨年はキンドルの設定とかiphone購入を記事にしていた。
今年はipadを購入。
 近くにある五反田避溢橋を掘り出したら橋台側面にレンガアーチが出てきた。
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2月 丹波竜化石工房に行ったり旧上久下村営水力発電所記念館に行った。
 村に電気が灯るというのを村の衆が歌を作って喜んでいた。その時代に感動した。
「夜を昼にした」。これで家で夜も働ける。勉強できる。そうすれば立身出世できる。
 魔法のクレジットが与えられたようなもんだ。そんな気持ちを伝えていた。
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3月 東海道線、滋賀県のねじりまんぼ「狼川橋梁」探訪
 びっくりした。いわゆる「混成工法」
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 斜め--直--斜めに積む混成工法だが、11月に訪れた穿屋川橋梁は 直--斜め--直にレンガを積んだ「混成工法」。2種類の混成工法がある

4月 岡山の鉄道レンガ遺産。山陽線の三石のレンガ遺産はキレイで立派である。もう一度行きたいところだ。

■三石金剛川拱橋
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 友人アルファーと山陰本線の八木駅近くにある「第91号橋梁」探訪。
 ここは、その前に一人で来て見つけ出すことができなかった。彼の助けも借りて探訪。

5月 アルファーと滋賀県大津にあるねじりまんぼを探訪
 ・旧東山橋梁  延長約50m。
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ここへは個人的に七度探訪。堪能した
 ・兵田川橋梁、篠津川橋梁を二人で探訪。
■篠津川橋梁 平面図
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大津駅のレンタサイクルを使ったが、駅に2台しかないというのも驚き。ここで、アルファーは「車石」なるものに興味を持つ。

6月 鉄道が単線から複線になるときレンガアーチも増結されるという事実を知り、滋賀県、茨木近辺の煉瓦アーチや石積み橋台を見に回る。
 接続箇所の目印になる白華や下駄っ歯積みを「ジョイントマーカー」なる造語も使用

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7月 関西本線の「烏谷川橋梁」に行く。
 福井県立恐竜博物館の野外恐竜博物館にも行き化石発掘作業に参加。「化石発掘証明書」を戴く。

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8月あいかわらず茨木〜高槻〜山崎、滋賀県のレンガアーチを探訪
9月 東京にいる息子夫婦の家に行く。ついでに上野の博物館で「太古の哺乳類展」を見学

■哺乳類とはいうが恐竜並みにおぞましい
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10月 「記事千本突破」来年はブログ10年になる。
   関ヶ原界隈のレンガ遺産に惹かれる。
 アルファー夫妻と伊賀へ。私とアルファーはねじりまんぼの「烏谷川橋梁」やら「第248号橋梁」やらへ進入。
加茂駅の「第272号橋梁」は真っ暗で行ってみたものの断念。次回へ。
しかし伊賀城の「矢穴」にびっくり。多い。思いがけない収穫だ。

■黒血川橋梁
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11月 ねじりまんぼの「穿屋川橋梁」。
   2度目になる「小田原川橋梁
   3連橋の藤古川橋梁。いいやついっぱいだ。
■藤古川3連橋
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12月 寒くなってきたので関ヶ原近辺は無理だろうということで、内業が多い。
 少し路線変更。茨木に戻ろうという感じ。来春は茨木駅までの数件のレンガ遺産をまとめるぞ。
 



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2014年12月30日

冬休み

 26日仕事納めの納会を済ませたものの28日は仕事。
昨日は親父の様子を見に行く。
朝、アマゾンで頼んだスピーカーが夕方配達されたのには驚いた。
音楽を聴きながらネットサーフィン。

近代デジタルライブラリーで「鉄道作業局」で検索したら「鉄道作業局年報 明治30年度」というのがあった。
ちょいと覗く。

明治30年度(1898年度)の鉄道の営業報告書、工事進捗報告書のようなものだ。
東海道線の関ヶ原長岡間の一節である。
ページ数に当る「コマ番号」は37。

 「(鉄路は)藤古川ニ出テ七十呎ノ谿間ニ架スル径間二十呎長百七十八呎三連ノ拱橋ヲ以テ・・・」

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この秋に訪ねた藤古川3連橋の記述だ
クマが出るのでは思った谷川は七十フィートであったのか。
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「谿間(けいかん)に架する径間(けいかん)」?20フィート。
半円アーチの直径のことだ。
舌を噛みそうな表現である。20×30.48cm=609.6cm
現地でレーザー測距器で測った通りや!

長178フィートは54.25m。実測は54.38m。
わが測距精度もまずまずというところか。

ちなみにこの年度の進捗は「難工事ニ属シ」「全工ノ九分通リ竣工」とある。

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2014年12月24日

我が家の家庭遺産

 朝日新聞のWebページを読んでいたら「家庭遺産」という言葉が出てた。
そうだ、そうだ。
あれも「家庭遺産」かな。

10月は東京オリンピック開催50年でそのころ50年特集のようなものもあった。
その50年前、「これ記念になるから」と母親に言われ新聞を1部とっておいた。
実家の本箱に置いていた。10月実家に行くと昔のままそこにあった。

茶色に変色し、少しボロボロになった新聞紙は、ほこりだけでないザラザラ感がした。
10月にそれを引きだしてそのままになっていた・・・

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昭和39年(1964年)10月24日土曜日
日本は歓喜の輪に包まれた

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日本16個の金メダル
女子バレー、無敵の優勝
という文字が躍る

日紡貝塚、回転レシーブ、鬼の大松、「俺についてこい」
懐かしい語句が3面に並ぶ

女子80m障害

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この当時カラー版もあったのか
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2014年12月17日

地図

 この間、明治42年(1909年)測図の2万5千分の1の地図を見て気がついた。
線路が複線なら線が2本になっていた。

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ほぼ同時代の岐阜県垂井町では説明するまでもなく単線だとわかる。

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現在の茨木の地図を見てみる。

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線路は黒白の帯の印だが、白い部分に縦線がはいっている。わかりにくい。

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図書館とか老人ホームなどの新しい記号もできている。

さて、垂井町の地図で線路沿いは桑畑だ。
Yの字に横棒のしるしだ。

昔、自衛隊で航空測量をしては地図化する業務をしていたという人の話だ。
いまでこそ、地図は国土地理院であるが、かっては陸軍の管轄だ。地図の作成は軍事的側面が強い。

桑は高さが50cmほど。枝は3cmはあるだろうか。四方八方に力強い枝振りだ。
戦車が走行するときキャタピラにこの桑が絡まったり、時には、キャタピラは外れることがある。
戦車の走行ルートでは桑畑を避ける必要があった。そのため図化されたと言っていた。

おかげさまで国土を戦車が縦横に走るという国内戦は無かったが、地図には桑畑の記号は残った。
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2014年12月13日

川田橋梁 

 JR東海道線の茨木、摂津富田間に新駅を作っている。その新駅の大阪側にレンガアーチがある。
川田橋梁と呼ばれる。
東海道線をくぐるための抜け道として使われている。

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レンガ製の坑門をもつB型まんぼで、水路兼通路となっている。
建設当初は水路であったのであろう。

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新駅の建設に伴い線路が増えるのか、南側坑門はコンクリート製のプレハブ函渠が増結された。
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今も建設中であるからこの坑門もどう化粧仕立てするのか楽しみだ。
寸法を計った。

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計測幅3.05m。設計は10フィートということなのだろう。レンガを4巻したアーチだ。
開業当初単線であった。延長7.7m。それが複線化されレンガアーチが増結された。3.1mの増結だ。

■接続箇所
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接続箇所は漏水が多いためかグレーの溶剤で補修されている。

その後、複々線化(4車線化)のためコンクリート函渠が建設された。(長さ8.8m)
そして今回 4mのプレハブ製函渠が取り付けられた。

いわばこの川田橋梁は成長している橋だ。

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ちなみにレンガ坑門側にどうやら矢穴らしいものが見える。
高槻城建設のさい加工した石垣が数百年後、明治になり鉄道のアーチの土台となっている。

この橋にはコンクリートで手直しされた箇所があるが、それらは既に亀裂が入り断裂さえしている。
ピラミッドにしろ日本の古墳の石積みは既に数千年の歴史に耐えている。
耐用年数60年とか100年とか言うコンクリートの比ではない。
レンガ積みは長手積み、イギリス積みという技法を用いて精一杯装飾性を持たそうと明治人は考えた。

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新しいプレハブ坑門はこのままの「うちっぱなしコンクリート」と済ますのか、タイルを貼った坑門なのか。
明治の坑門に見劣りしないものにして欲しいものだ。



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2014年12月12日

方向転換

 ステゴサウルスの記事や送電線の記事を書いた。
鉄道のレンガ構造物をしばらく書いていた。いわば寄り道だ。
東海道線の山崎、高槻、茨木近辺のまんぼでJRの表記で「とうかい152」とか{とうかい153」とかシリーズ名で呼ばれる。このとうかいシリーズが我が家近辺になり、書く手が止まり、滋賀へ行きそのまま関ヶ原へ流れた。
関ヶ原はもう寒い。中断している「とうかいシリーズ」に方向転換せねば。

いま、我が家のそばの東海道線は新しく駅を作っている。平成30年開業だ。
茨木市のホームページに新駅の図面があった。
そこに川田橋梁と五反田橋梁の位置を書き込んだ。

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この新駅を挟んで北に「とうかい152」(五反田橋梁)、南に「川田橋梁」(とうかいのシリーズ番号なし)。
 五反田橋梁は以前に言及したので、この川田橋梁を書こうとも思うが・・・

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ポイントマークの一番右がとうかい152五反田橋梁。次が川田橋梁。
地図の左側を見てみると国道171号線に「松下町」という表示

そうそう、このあいだパナソニックの工場前を通ったら撤去工事していた。
鉄骨がむき出しでびっくりした。

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かってダイアナ妃が訪問すると聞けば女房殿は一目見ようと列に並んだものだ。
この話をすると、かってはケ小平が来たの誰が来たのと、かまびすしい。

更地にして売却されるとか。

この建設中の新駅もかってはフジテックというエレベータ工場があった。
煙突のようなエレベータ実験塔はないが、本社機能を果たすのだろうか立派なオフィスビルに変貌している。

今日は、山手にある高槻赤十字病院に定期診断の日。
国道171号線沿いにあるパナソニック工場も閉鎖して久しい。正門横の守衛室がほこりっぽく見える。
そういえば、ここに高槻赤十字病院が入ってくるとか追手門学院が移転してくるとか、観測記事があった。

徐々に変貌している。
川田橋梁は後日に・・・



posted by たけちゃん at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年12月11日

パラグライダーと鉄塔



女房殿が居間から呼ぶ。
そしたらこの事件。
丁度、避雷針の役目を果たす「地線」あるいは「グランド線」、「架空地線」とも呼ぶ電線にパラグライダーが引っかかっていた。これには電気が流れてない。しかし、宙釣りの御仁の直前に「活きた電線」「活線」がいる。

高圧線だから触さわらなくてもビリビリくる。
たとえ、停電しても電気的な問題がある。
静電誘導作用という。電荷が帯電する。冬の静電気のショックを経験したことがあるだろうが、それと同じ。思わず手を離す。高いところだからちょっとコワイ話だ。
そして電磁誘導作用といい別の送電線と交差してたり並行している場合はコイルと同じ現象で、電気を止めたはずの電線にも電気が流れ始める。
接地具をつけ帯電した電荷を逃がさないとだめだ。

電気を止めるにも、電気を別の送電ルートで流すように手配し、それから止める。
止めたら止めたで、変電所や鉄塔に接地具を付けに行かないと電線にさわれない。
接地具1本10キロはあるだろう。
それを担いで鉄塔に登って電線につける。電線は3本あるが個別につける。

帯電した電荷を接地具のリード線を通じて鉄塔部材から地上へと流す。
それから初めて作業にかかれる。
雷対策のためにも鉄塔には地中深くに導線が埋め込まれ接地抵抗を極めて小さくしてある。
雷の電気を地中に放電するためだ。
放電のためのこの導線は「埋設地線」と呼ぶ。(銅線とはかぎらない。アルミ線もある。そこで導線とした。)
架空地線と埋設地線。変なところで顔を出した。

スイッチひとつで電気は止まってもそう簡単に触れない。

ついでに当ブログの過去記事から。
電線に「宙乗り器」で乗り出し「ねじれ防止ダンパー」を付けている様子。
電線が風に揺られて舞い上がったりねじれたりしないようにおもりを付けている。
このときも電気を止めて接地をつけて宙乗りしている。

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この作業が終わったら、地上に降りてから、付けた接地を外しに行く。
ハードだ。




posted by たけちゃん at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

ステゴサウルス



恐竜君の話は久しぶりだ。
イギリスでステゴサウルスの全身骨格標本ができたとか。80%が本物の化石というのが特徴。
以前、ステゴサウルス作ったので、この標本資料が出回るのが楽しみだ。

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我がモデルは"THE PRINCETON FIELD GUIDE TO DINOSAURS"(GREGORY S.PAUL)

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恐竜の骨格図と生態が書かれた図鑑だ。
英語だけど、見るだけで楽しい
これをコピーして型紙というか製作図面としてコピーしたものをボール紙に貼り付け、寸法を採る。
そして紙粘土で仕上げる。
おおよそ、原形が得られる。

目は人形用の目(ドール・アイ)を使用

プロフェッショナルは動きのある姿勢をとる。

ちょいと又、指が荒れている。
自転車にハンドルさばきで指の皮がむける
そんな激しい動きをするわけではないが肌が弱くなっていることは確か

昨日の朝方満月を撮る
今年最後だとか

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2014年12月06日

穿屋川橋梁と狼川橋梁

 2014年2月19日と22日、26日の記事に滋賀県の狼川橋梁をとりあげている。
狼川橋梁は明治33年建設であるが、明治45年に「土木施工法」(鶴見。草間)という専門書が発刊されている。この書物に変則型ねじりまんぼというべき「混成施工法」があると指摘していた。

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「両坑門付近だけ斜拱となしその中間は直拱」という変則型斜架拱を紹介していた。これはまさに狼川橋梁である。

 この前、探訪した「穿屋川橋梁」と狼川橋梁を比較してみる。
穿屋川橋梁は前書の表現を借りるならば「両坑門側だけ直拱となしその中間は斜拱」である。
明治45年当時のテキストには混成施工法として載らなかった形のねじりまんぼだ。

(穿屋川橋梁の建設は明治17年であり、言及があってしかるべきである。不思議なことだ。
また、ねじりまんぼの教科書ともいうべき「鉄道と煉瓦」(小野田滋 著)のねじりまんぼのリストからも脱落している。)
 ちょっとその点でも面白いまんぼだ。

■狼川橋梁
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天井川をレンガアーチが載せ、汽車はその下を通る。
天井川というのも特徴的だ。
アーチにかかる荷重としては土に比べれば水のほうが軽いので荷重は幾分小さい。
水密性が求められる。レンガを斜め積みにするよりも直拱のほうが水密性が高いように思える。
汽車はアーチの中を通る。
幅員(正径間長)は4.57mで広い。ちなみに穿屋川橋梁のねじりまんぼの正径間長は2.44m。半分ほどだ。
ただし、レンガのアーチ、壁はススできれいではない。
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■穿屋川橋梁
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アーチの上に築堤の土かぶりを持ち汽車を走らせる。上載荷重は大きい。
建設は明治17年。
狼川橋梁よりずっと古い。
狼川橋梁は廃止された遺物であるがこちらは現役で、人、車の通行のない水路であるため中は結構きれいだ。

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狼川橋梁と穿屋川橋梁。
両者とも特徴的な変則ねじりまんぼである。
しかしながら、汽車と水の位置が対照的な相違であり、レンガの積み型は
・斜拱+直拱+斜拱 VS 直拱+斜拱+直拱
とこれまた対照的である。

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2014年12月01日

旧草津川

 日曜は上天気だったので、JR東海道線で滋賀県の草津駅に行った。南草津〜草津〜栗東の鉄道遺産のレンガアーチを調べるためだ。
 草津駅で自転車を借りる。変速機がついていない重い自転車だ。
南草津方面に行く。
住宅が線路近くまで建っているのではじかれた。
旧街道。中山道か。

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石灯篭があり、道しるべになっている。

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マンホールも装飾されている

コンクリート製のトンネルは草津隧道
そこにメモのような木札

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旧草津川 天井川

見に行く
東海道線もこの天井川をくぐっていた
トンネルの上が川!

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中山道の家並みに酒屋
看板に「天井川」

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帰宅して地図を見る

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この鉄道遺産探訪をするなかで何件か天井川をくぐるトンネルがあった
狼川橋梁というねじりまんぼも同じ滋賀県だ。


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