2010年06月01日

今昔マップ

今昔マップ」という近代から現在にかけての地図を見ることができるフリーソフトをダウンロードした。

古いので大正11,12年のものだが現在の地図と見比べると面白い。

ねじりまんぼというか鉄道の話で言うと、「茨木市史」では茨木駅(茨木停車場)を建設するのに駅前の池の土を浚渫して使ったようなことが書いてあった。

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そんな、含水率の高い土砂を果たして建築物の基礎に使うものだろうか?!と反発と疑問を持っていた。むしろ、北摂連山の土石を茨木川や安威川を利用した舟運搬と想像していた。

ところが、今昔マップで大正11年頃の地図を見ると東海道線に沿って池が多数存在している。

田んぼ部分では、鉄道の路盤はまさに現地で掘削採取したのではないのだろうか?

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左下が「田中」のねじりまんぼがあるところ。右上にかけて総持寺から高槻方面に行く

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富田から高槻にかけては100mに1箇所、線路と並んで池がある。

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左下が高槻駅。線路の山側に池が多数ある

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大阪方面。岸辺。一昔前は吹田操車場といっていたところ

山崎から大津は山のふもとであり起伏した地形を切土、盛土しながら鉄道の路盤を築造したのか、これほど池は見られない。
草津あたりの田園地帯で池が目に付く。

線路建設から40年あまり経過しているのでため池として活用されていたのだろうが、そもそもは鉄道建設の路盤材を採取したため池になったと想像できないだろうか。
posted by たけちゃん at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする