2010年06月30日

マイアサウラ完成

以前紹介したマイアサウラは

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そのあと、

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皮膚感のざらざら感が強すぎたかな?
それで、サンドペーパーで磨り落とし
つるつるに。

ただ、形はサンドペーパーで細部まで調整。
くちばしは少し大きくした。

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色も塗り替え
イヌのような頭の部分もシャープに削り、ちょっと精悍に

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一応、これで完了わーい(嬉しい顔)

まっしぐらに完成するのでなく例によって削ったりこすったり、粘土を貼りましたり、体色も模様も変わる。

試行錯誤 カットアンドトライとは良く言ったものだ。
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2010年06月28日

二見が浦のカエル

日曜、月曜の1泊2日で会社の人たちと旅行。
大阪駅集合。貸切バスで出発。

伊勢神宮に二見が浦の夫婦岩
小学校の修学旅行で行ったきりだ。

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内宮に五十鈴川。
五十鈴川には鯉が泳いでいたような記憶があったけど、記憶違いだろうか。結構な流れである。

伊勢神宮では「おかげ横丁」で伊勢うどんを始めて食べた。
讃岐うどんとも大阪のうどんとも違う食感。
もちもちしている。

これもありか。旨いと思った。

一泊して英虞湾のクルーズのあと、二見が浦へ。
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夫婦岩に、遥拝所があるのか・・・

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それに、カエルの像の多いこと
「満願かえる」と言うそうだ。

子供の頃に有っただろうか?
さまざまなカエル像を見て、わが恐竜君の造型のごりやくを思う。

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茅野輪(ちのわ)くぐりだ。
夏越の祓えの時期だからかな。
お辞儀をして輪をくぐり左周り、もう一度くぐり右回り、もう一度くぐり神前に向かい参拝。

伊勢といえば赤福餅。お土産だ。
これだけは昔と変わらない。
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2010年06月25日

恐竜アトラス

久しぶりに梅田の紀伊国屋に立ち寄った。
土木、建築関係の構造力学関係のテキストは皆無に近い状態。もうやだ〜(悲しい顔)

鉄道関係のコーナーには「その筋」のマニア向けの書籍があったが、さすが「ねじりまんぼ」はなかった。

書棚を見ているうちに何冊かの恐竜本。
「その筋」のマニアとして各冊を吟味。

それで、「恐竜アトラス」を購入。
CD−ROM付き。


恐竜アトラス―恐竜の故郷を巡る世界旅行

恐竜アトラス―恐竜の故郷を巡る世界旅行

  • 作者: ジョン マラム
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 大型本




昨今の恐竜情報として、プレートテクトニクス、大陸移動とその大陸により運ばれた恐竜たち。

その大陸移動の時期と恐竜分布と進化が関係づけられ語られるようだ。

本書の「アトラス」もそういう地図情報と関連付けたものだ。


復元図のイラストに骨格が書かれた透明シートを重ね合わせが何枚かある。

化石の写真や骨格図を参考にして粘土細工作りするに参考になりそう。

イラストが丁寧で恐竜の種類が多い。

知らない恐竜も多くいる。

そんな幾つかの点が気にいった。

さっそく、我が家では現在進行中のマイアサウラを修正。
やすりをかけたり、粘土を重ねたり、首を切り落とし首に曲線をつけたり・・・
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2010年06月20日

マイアサウラ

「ねじりまんぼ建設プロジェクト」も終え、一息。

最近、帰宅すれば疲れもあるのか、どうにもブログ更新ができなかった。

軽く小型の恐竜模型を作ろうと思い、以前から作りたかったマイアサウラを作成。

全長19cm 約1/20スケール


マイアサウラ (Maiasaura) は、中生代白亜紀後期の北アメリカ大陸に生息していた恐竜。恐竜の中では初めて、子育てを本格的に行なっていたという可能性が指摘されたため、「良い母親トカゲ」という意味の属名がつけられた。
体長8〜9m。

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口ばしがありヘラのような恰好をしている。

目は初めてドールアイを使った。便利な品物だ。
下手くそな造型でも何とかアップで撮影してもいいかなという感じだ。

癒し系の顔

「良い母親」風・・・

卵の化石や赤ちゃんの化石も発見されている。

卵の大きさ20cm 赤ちゃんの大きさは30cm
地面に直径2m、深さ50cmほどの穴を開け20〜25個の卵を産む。

恐竜の骨を輪切りにすると木の年輪のようなものがある。これを成長輪といい1年に1つ骨の中にできる。ろっ骨やひ骨でこの成長輪を数え年齢を知ることができる。

年齢と大たい骨の長さから年齢と体長の関係も把握されているようだ。

生後6ヶ月 全長1.5m(大たい骨の長さ 41cm)
1歳    全長3.0m(大たい骨の長さ 50cm)
3歳    全長4.5m(大たい骨の長さ 58cm)
5歳    全長5m
7歳    全長7m

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2010年06月15日

はやぶさ

舞-HAYABUSA YouTube版
紙幅も時間も無視してUP





130億円の費用
60億kmの旅。1km当たり2円そこそこ・・・

なにより、未知への挑戦。試練と克服。ドラマだ。

ねじりまんぼの時代。新橋-横浜間の27kmの陸蒸気運行。それから130年。
宇宙へ60億kmの旅。素晴らしいと思う。
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2010年06月13日

ねじりまんぼ建設プロジェクト 完成

茨木のねじりまんぼに興味を持って半年。
ついに「ねじりまんぼ建設プロジェクト」も無事竣工。

茶龍と「煉瓦職人の音二郎さん」
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緑龍とドンキホーテ氏
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ねじりまんぼの横手には煉瓦組み用の「セントラル」をモニュメントとして配置。

上から
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実際は複線なのだろうが、実験的創作でスパンが短い。また、ウイングも
もっと長くしたかったがコンパクトにしたため、法面の角度が急勾配にもなった・・・

ねじりまんぼの内側。
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「起きょう石」を堅固なものにしないと煉瓦組みは難しいのが実感できた。


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2010年06月12日

琵琶湖疏水に旧逢坂山トンネル

1週間の疲れを熟睡で回復!!
朝一番に「ねじりまんぼ建設プロジェクト」の粘土細工。

途中、朝食をはさんで3時間ほどしたことか・・・

明日からは雨模様だというので、行きたいと思っていた大津へ出かけた。

JR大津駅のレンタサイクル店で自転車を借り、琵琶湖に面している浜大津駅へ。

 くだり道で殆どこぐことも無く琵琶湖へ。

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 琵琶湖汽船のミシガンだ。
ねじりまんぼと琵琶湖疏水の工事を請け負った藤田伝三郎の琵琶湖汽船だ。

 かっての大津駅はこの浜大津駅であり琵琶湖に面し湖上交通を行い、
長浜に至り、そこから鉄路、日本海敦賀へと続く。

 琵琶湖沿いに南に10分足らず走ると、三井寺方向の看板。
琵琶湖疏水を行き過ぎたのかと思ったところが、実はここが疎水の取水口であった。




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第一トンネル

三井寺の山門の写真を撮って境内の伽藍配置図を見て、大きいのにびっくり。
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次のコースがあるので、失敬。

国道161号線を走り、山の頂上の無線塔を目星にして走る。
昔、仕事であのかいわいを歩いたぞ・・・と思いながら、自転車をこぐ。

坂道坂道。

東海道線を横断する頃、スピードを緩める。
煉瓦作りのトンネルを高架橋から見下ろしていると電車がトンネルを通り過ぎとトンネル内の冷気を発散してくれた。
ちょっと一服

もう少し坂道を上がったところで蝉丸神社。
まちがいない。

「これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬも逢坂の関」
の和歌の主の神社は京阪電車が横断しているのに驚いた。

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せっかくだからお参りしていたら踏み切りの警鐘
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 京の都の結界が逢坂の関というイメージである。これより京。そちらは「ひいな」。その関所での防人にでも行くのか、別れを惜しんでの歌なのであろう。
その逢坂の関だ。

ほんの直ぐそばにめざすは、旧逢坂山トンネル。廃坑となっているが近代遺産の表示がしてある。

 逢坂山を抜けるのに当初はこちらにトンネルを掘ったが大正時代に現在の位置にルート変更されている。
車の往来の激しい箇所の目と鼻の先にあった。

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緑陰でしばし休憩。
まったく無防備ではあるが落書きも無く保存されている。
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2010年06月07日

摂津富田駅の古レール

自称「ねじりまんぼ建設プロジェクト」で土留め壁のウイングやら煉瓦の目地やらで細工しているが、ねじりまんぼが載せるレールがどんなものかも調べていた。

高槻市のホームページでJR攝津富田駅のホームの柱にねじりまんぼ建設時代のレールを再利用しているというのを知った。

「ホームの中央に古い駅舎屋根がある。屋根を支えている支柱はレールを加工したリサイクル鋼材。現在のレールは国産が使われているが、古くはを輸入製品に頼っていた。このホームのレール支柱は!実に、世界で最古のレールメーカー英国ダーリントン・アイアン社製。1870年に製造されたレールが支柱に使われている。日本で最初の営業鉄道(新橋)で使われたレールらしく一見の値打ちモノ。」

ちなみに茨木のねじりまんぼがある大阪-京都間の開通は1874年。

摂津富田駅は茨木駅の次の駅。

会社がえり、摂津富田駅で下車。
くだんの古レールを見に行く。

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二本のレールを抱き合わせている。
腐食と防錆塗装で刻印らしきものが京都行きホームにあったが判然としない。

双頭レールとかいう種類でレールの材質が柔らかいので、あらかじめ車輪が載る部分に丸みをつけておき、磨り減ったら、レールを上下さかさまにして使用したので「双頭レール」というそうだ。

しかし、上手にレールを組み合わせ柱なりはりとして使っているものだ。

posted by たけちゃん at 20:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年06月06日

一歩前進二歩後退

 ねじりまんぼを水彩絵具で塗って赤レンガ風にしたもののの、白い目地をどうしてよいものか?

 白い絵具にボンドを混ぜて塗ってみたり、修正液で書いてみたり、結局、粘土を薄めてスキマを充填して、はみ出た部分をサンドペーパーでこすり落としたり・・・
 赤レンガが白色と混じりあってピンクに・・・

 どれもこれもイマイチで進展どころか、一歩前進二歩後退ちっ(怒った顔)

したがって、土留め壁も進展なし。


注文していたスウェーデン人作家のミステリーが配達された。
スウェーデン語を英語に翻訳したものだ。


The Girl with the Dragon Tattoo

The Girl with the Dragon Tattoo

  • 作者: Stieg Larsson
  • 出版社/メーカー: Quercus Publishing Plc
  • 発売日: 2008/07/24
  • メディア: ペーパーバック






posted by たけちゃん at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

ねじりまんぼのウイング

鉄道路盤の土留め部、ウイングを追加する。
ねじりまんぼの入り口、出口の左右。

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時間が無いから途中まで。
スロープは雑草が生えた土。のり尻といわれるスロープの下部は石垣にする予定。

茨木の隣の高槻はキリシタン大名高山右近がいた。

高山右近ゆかりの高槻城は明治の初年に撤去解体され、高槻城の石垣が鉄道敷設用の資材として流用された。

こんな恰好で運搬したのだろう

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(モースの"Japan Day by day"より引用)
posted by たけちゃん at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

今昔マップ

今昔マップ」という近代から現在にかけての地図を見ることができるフリーソフトをダウンロードした。

古いので大正11,12年のものだが現在の地図と見比べると面白い。

ねじりまんぼというか鉄道の話で言うと、「茨木市史」では茨木駅(茨木停車場)を建設するのに駅前の池の土を浚渫して使ったようなことが書いてあった。

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そんな、含水率の高い土砂を果たして建築物の基礎に使うものだろうか?!と反発と疑問を持っていた。むしろ、北摂連山の土石を茨木川や安威川を利用した舟運搬と想像していた。

ところが、今昔マップで大正11年頃の地図を見ると東海道線に沿って池が多数存在している。

田んぼ部分では、鉄道の路盤はまさに現地で掘削採取したのではないのだろうか?

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左下が「田中」のねじりまんぼがあるところ。右上にかけて総持寺から高槻方面に行く

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富田から高槻にかけては100mに1箇所、線路と並んで池がある。

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左下が高槻駅。線路の山側に池が多数ある

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大阪方面。岸辺。一昔前は吹田操車場といっていたところ

山崎から大津は山のふもとであり起伏した地形を切土、盛土しながら鉄道の路盤を築造したのか、これほど池は見られない。
草津あたりの田園地帯で池が目に付く。

線路建設から40年あまり経過しているのでため池として活用されていたのだろうが、そもそもは鉄道建設の路盤材を採取したため池になったと想像できないだろうか。
posted by たけちゃん at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする