2010年05月20日

砂箱

■唄う裸のカーペンター
木遣り唄で力をつけながら木を運搬する職人衆を「大工たちはふんどし一丁であった」とモースが記していた。

彼が写真で残した資料「百年前の日本」に「木挽き 1880年」の記録写真が掲載されていた。

 一人は鉢巻にふんどし姿で材木を切っているところだ。

「木挽き職は重労働で知られ「木挽きの一升飯」の言葉も残っている。ねじり鉢巻にふんどし一丁が彼らの正装であった」と解説がついている。大工ではない。

モースの唄うカーペンターは、
大工というより専門的な運び手なのだろう。しかし、そんな恰好で大木を引きずる作業は、綱でこすれ、余計危ないような気がするのだが。

何かの祭りではないのだろうか?祭り衣装としての「ふんどし姿」ではないのかと今も疑問に思っている。

 また、「百年前の日本」の解説では、富国強兵、殖産産業となるものへの機械化は急速に進められたが、「そうでない日常の衣食住にまつわるような技術は、ほとんどが明治期を通して江戸のまま終始した。いや、江戸時代より高度に発達した手仕事の領域すらある。例えば、大工の技術は、明治時代が頂点をなしたと今日では考えられている。」江戸期は贅沢禁止令により職人の技が十分発揮されなかったものが明治になり、贅を尽くした邸宅を建てることもでき、大工、左官、表具、指物といった多くの手仕事分野で発展したと言う。

そんな、手作業と機械化の混在の例を「ねじりまんぼ建設工事」で見た。

■セントルのリフトダウン
tenkai2.JPG
左はねじりまんぼ建設用のセントル(半円筒作業台)に上板を張ったところ。

右は煉瓦を積んでいくための展開図。
この展開図に基づき上板に墨入れをする。

実際は、正確な丁張りを作り墨を引くのだが、模型の場合は簡単に展開図を貼り付けるだけだわーい(嬉しい顔)

kikyouseki.JPG

煉瓦を付け始めたときはたと感じた。
煉瓦組みが終わったらこの構台をどう壊すか?

左右の壁に密着させるため高さ方向でクサビをセントルと建地の丸太の間に入れるのは想像できる。

この構台の上板を引き抜くためにもクサビを緩め、セントルを下げる必要がある。

上板も構台に釘で打ちつけては抜けなくなる。
あえて打ち付けるならば下から上に打ち、撤去時に上板の下にもぐりこんで抜く。
最後に、抜けるようにしておく必要がある。

sandbox.JPG

古書に属する「土木施工法」(武居高四郎著)に「砂箱」が紹介されていた。
「砂箱は厚さ2〜4mmの鋼板円筒形状で、底板近くに螺旋の栓を有する小口を設け、内部の砂を排出する。・・・・砂が湿らないように、砂の表面にアスファルト紙を敷き、木栓をつけ、木栓と砂箱の間隙には防水のためアスファルトを詰める。」

リフトダウンするだけの工具だが、果たしてどれだけ使われたのだろうか?クサビで十分と思うのだが。

ジャッキのように上下に調整がきくのであればよいが、下がるだけでは始末が悪い。
間違って、栓を抜いたら、クサビを打ち込んで調整するのだろうから、職人さんは使っただろうか?!

クサビとかなづちという手仕事で十分構台を上げ下げすることができる。

「砂箱」という一見恰好良く見える工具ではあるが、アイデアは面白いが実用性はクサビを打つという手作業に劣るように思える。
posted by たけちゃん at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする