2010年05月14日

ねじりまんぼの藤田組 黒鍬者募集

■セントル
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たまたま実家で学生時代の教科書「改訂 土木施工法」(武居高四郎)を見つけた。私が学生時代のときでさえ古い教科書であった。

「足場(Scaffold)は従業員の活動を敏活ならしめ、かつ材料運搬機の運行を容易ならしめるため、なるべく堅牢に建設せねばならない」(P303)

 これは「第12章 アーチ橋工」の一節である。
その古さゆえ、「セントル」「れんが積み」など土木工学的書籍として初めてと言っていいものになった。

いかに、大学時代この本というか、この授業をないがしろにしてきたということか。

同書により「セントルは径間3m以下の場合、60cm〜90cmごとに支柱上に設置」とあったので、過日のものに1枚セントルを追加した。

ついでに、職人さん。「黒鍬の音二郎さん」をつけた。

■藤田伝三郎、藤田組
長浜に行き琵琶湖運航の汽船に太湖丸という蒸気船が運航し長浜-大津間の交通の便となっていたのを知った。
この太湖丸を持つ「太湖汽船」のオーナーが藤田伝三郎であり、彼が明治の大企業家であることを知った。

「藤田伝三郎の雄渾なる生涯」(砂川幸雄)

藤田伝三郎の雄渾なる生涯

藤田伝三郎の雄渾なる生涯

  • 作者: 砂川 幸雄
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 1999/05
  • メディア: 単行本




明治2年に日本で始めて革靴の製造に成功し軍隊に納入。それ以外に種々の用品を納入。大稼ぎして、橋、鉄道、工場を起こし、鉱山業にも進出。
その資本力により「南海電鉄、関西電力、毎日新聞社の創立、東洋紡に三和銀行(東京三菱UFJ)などなど現在の隆々たる会社創立に参画」

なによりも「大阪-京都間の鉄道」建設を一括して請け負っている。
琵琶湖疏水も請け負っている。

ねじりまんぼはこの藤田組の手になるのか!

■黒鍬組
しかし、彼自信が技術者というか先の例でいう通り、投資家のようなもので「政商」とも言われる。

 「関西系土木会社だからねじりまんぼが関西圏で多い」のではないかという仮説も前掲の本を読み進めるうちに、「藤田組=ねじりまんぼ」という定式はどうかなと思い始めていた。

 「伝三郎の募集でやってきたのは大部分が黒鍬者と証する熟練した土工たちである。
彼らは主に道路や川の不振、新田の開発を行うのを渡世としていた者たちで、親方をマゴ、子分を権造(ゴンドウ)と称し、全国いたるところに散在していたが、尾張の知多半島はマゴの本場でもっとも優秀だった」


そのため職人さんも「黒鍬の音二郎さん」とした
実際の技術の担い手として。
posted by たけちゃん at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする