2010年04月19日

悩ましき古書

■カタカナがわからない。
下図のカタカナ表は福沢諭吉が明治4年に発刊した「啓蒙手習の文」の1ページだが、「ン」のあとに続く字は何と読むのだろうか?

katakana.JPG

タイトル : 啓蒙手習の文
タイトルよみ : ケイモウ テナライ ノ フミ
責任表示 : 福沢諭吉編,内田晋斎書
出版事項 : 東京:慶応義塾,明4.3
形態 : 54,35丁(巻之1・2合本);22cm
装丁 : 和装
NDC分類 : 728
著者標目 : 福沢,諭吉(1834−1901);内田,晋斎
著者標目よみ : フクザワ,ユキチ(1834−1901) ウチダ,シンサイ
全国書誌番号 : 40071164
請求記号 : YDM70846
西暦年 : 1871
近代デジタルライブラリー (クリック)

漢字カナ混じり文の「斜架拱」を読んでいるときにも「縦棒にキ」が何度か出てきた。(上表の一番最後の字)

これを今便宜的に「1キ」と表示することにすると、
「コノ稜線ノ交切点ab'c等ヲ求メコレヲ連結スル”1キ”ハ、CeMナル螺状ノ線ヲ得ルナリ」
あるいは「内弧ノ曲線ヲ開キ展バシコレヲ水平面トナル”1キ”ハ推力ニ平行スル線ノ形状ヲ得ルナリ」

「斜架拱」を読みながら前後の関係から「とき(時)」と読んだ。
先の例では「連結スルときハ」、であり「水平面トナルときハ」となる。
漢字として読んだ。

 果たせるかなこの福沢先生の「啓蒙手習の文」ではカタカナになっている。

 どう発音するのだろうか?

大正時代のカタカナ表ではこれらの文字は見当たらなかった。

コンピュータで表示できる文字はJISで規格化されている。
JIS外で表示できないのだから、Webの漢和辞典やら国語辞典でも調べる手立てがない。

ちょっと、のどに骨がひっかかっている状態。

■モースの写真コレクション「百年前の日本」を読むうち、面白いことが2つあった。

1877年6月17日に来日。2日後の19日に東京大学を訪問。その途中で「大森貝塚」を発見。

来日2日目で宝物発見とは!

ちなみこの年の10月西南の役が勃発。
その前にねじりまんぼ(茨木)ができていた。

そのモースが晩年「日本その日その日」という日記とスケッチを残している。

英語のタイトルは

JAPAN DAY BY DAY

お〜。DAY BY DAY の元祖でありました。

この本が日本語版で上下で4,5千円であったようだが、
"DAY BY DAY"を冠した原書は約1万円・・・
これまた、悩ましい話だ。
posted by たけちゃん at 23:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする