2010年04月30日

田中の丸また1

茨木のねじりまんぼを地元では「田中の丸また」と呼ぶという解説があった。

事実、阪急茨木駅の茨木紹介の写真に「田中の丸また」と書かれている。田中の丸また=ねじりまんぼは明治9年に開通した東海道線(阪神間)に建設されている。

■牛車運搬
以前から気になっていたのは、鉄道や煉瓦のアーチを造る材料をどうしたかということだ。

汽車本体にしろレールにしろ英国製であり、車掌も英国人であった。

英国から来た。すると、阪神側でまず開通したのだから、神戸で陸揚げしたわけだ。

阪神側というより経路的には神戸→大阪。
大阪→京都。

運搬経路的には「神阪」、「阪京」となり「阪神」でもなく「京阪」でもないと考えると面白い。

船からどのようにして汽車を降ろしたかは別問題として、神戸から鉄路でレールを運ぶ。それは想像できる。

桂で煉瓦工場を作った。

これは川舟を使い牛馬で運搬したのだろうか。

「百年前の日本」(モース・コレクション/写真編 構成小西四郎、岡秀行)に1890年撮影(明治23年)の「牛車」というのがあった。
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それでは路盤となる砕石や土はどこから持ってきたのだろうか。
高さ3〜5メートルはある堤防のような土砂は半端な量ではない。

牛馬で産地から運搬もありえないし、やはり川舟を使ったのだろうか?

今でも茨木北部は砕石場が多くある。
安威川や茨木川の流れに沿って川舟で運び、そこから牛馬で運搬したのだろうか。

■舟運搬

ibarakimap.bmp

地図は明治18年測量とある。(陸地測量部)
@:茨木駅 A:茨木神社 B:高橋 C:総持寺近辺(実際はやや北)D:茨木高校が建つ位置 E:茨木工科高校が建つ位置
矢印:ねじりまんぼ

茨木村は茨木川と安威川に挟まれ、北はねじりまんぼの田中から南は現在の茨木高校あたりまでで、茨木城跡を中心にした小さな村でそれ以外は殆どが水田である。
ねじりまんぼの道は「茨木街道支線」と呼ばれた。
この街道が西国街道を横切り安威・大岩方面に抜ける。

茨木神社から西に延びる道路は今の市役所前のメインストリート(茨木街道)で茨木駅に一直線に通じているが、付近は水田ばかりだ。

この道は北に曲がり今の茨木工科高校沿いに進み名神茨木インターの西側を抜け西国街道を渡り亀岡街道となる。

江戸時代の「摂津名所図絵」に「茨木明神社」(いばらきみょうじんやしろ)という絵があった。「摂津名所図会」は寛政8年から10年(1796〜98)に刊行。ねじりまんぼより約80年前。

茨木神社の横を流れる茨木川と高橋。(高橋という橋の名前)
よく見れば数隻の舟。
江戸時代、舟による輸送ができる水量が茨木川にあったようだ。
(川幅もいまより狭く、水位があった)
 
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 わかりやすいように一部着色
赤い鳥居とその奥の社(赤と緑)。手前に高橋と茨木川。
神社の奥が茨木村の集落。

明治の地図と様相は合っている。

案外、北摂の山(亀岡街道の山)の土砂を川舟で運搬し鉄道の路盤にあてていたのかもしれない。


百年前の日本−モースコレクション(写真編)

百年前の日本−モースコレクション(写真編)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2005/01/20
  • メディア: 大型本



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2010年04月29日

ブロキオサウルス尻尾つけ

尻尾を切って手術するブラキオサウスルスを何とかしなくてはと朝から作業ズボンに着替える。

なんとかかんとか恰好がついたら昼を回っていた。

足や腹もサンドペーパーを掛けたものだからフローリングが粘土の粉で薄化粧。

首や尻尾に粘土を使ったものだから粘土の固まったカケラが点々と。

私もトイレだ、コーヒーだと動くものだから家中に粘土粉と白いかけを運ぶことになっている。

掃除機をかけ、雑巾がけをして、粉だらけのズボンを脱いで昼日中から風呂に入る。

頭もしっかり洗い、さっぱり。

今日は粘土が固まるまでは動かさないぞ。

ベランダでブロ君を横にして”Kite Runner"を1,2ページ読むが、また悲劇が起きそうだ。

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【満身創痍】


やはり、粘土を持ってきて形のおかしいところに粘土を付ける。

ここで、動かしまわると折角つけたところにヒビがはいる。

やめておこう。やめておこう。

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【廊下通せんぼ】
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2010年04月26日

尻尾なし

ほぼ完成と言ってもいいかな?
 
ところが、ちょっと短足で足が太いブロキオサウルス君に修正を加えようと首をつかんだ。

ポキ!

いい音がして首が折れた。発泡スチロールの折れる音は、あたかも筋肉が断裂するかのような音だ。

首が一本調子の伸びて頭部でちょっと下向きに傾いでいる首をこの際、変更しちゃえ。

折れたところで屈曲させうつむき加減の顔が上がった。

そもそも肥え過ぎ。

腹の部分もダイエットさせ、あわせて尻尾も。

足首辺りも細めに。

そうこうしていると下がりぎみの尻尾がしまりがないような気がする。

え〜い、切っちゃえ。ノコギリで切断。

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尻尾がなくなると軽いし、ブロ君の体を回すのも楽。

尻尾が無い分、コンパクトになり机の上にも収まる。

今までは置き場所に困り、後ろの箪笥にあったが、机の上なら、チョイチョイと削ったり、粘土貼ったりもできる。

足やら腹やら修正が終わるまで暫く尻尾なし。

posted by たけちゃん at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

ブロキオサウルスの鼻

昨日、思わず大阪自然史博物館でブロキオサウルスの頭部化石の展示品を見ることができた。

今作っているブロキオサウルスの鼻の変更を朝からしていた。

いい天気だ。

ベランダで粘土細工に色塗り

相手さんが少々大きいのでこちらが右に転んだり、左に転んだりしながらポカポカ陽気の下で筆を走らす

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この温さで絵具も早々と乾燥

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鼻は当初の予定通り、頭の上。

わらじのように粘土を盛って大きな穴を開けた。

鼻の周りに赤色や白色を塗りおめかし。

「この頭の紋章が見えぬか」という感じ。

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画像ソフトで背景を真っ黒にしたら、なんとなくそれらしく写ったようにも思えるが。


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2010年04月24日

大恐竜展 2010大阪

朝、ブラキオサウルスの痛めたあごを補修し、頭の部分を修正し、長居の大阪自然史博物館で開催中の「大恐竜展」を見に行く。

大陸が移動するというプレートテクトニクスの理論を高校生のとき聞いて驚いた覚えがある。

現在では測量技術が発達し移動が観測できるようになっている。

一つの超大陸に生息していた恐竜も大陸の分裂と移動で種の進化も変化したという壮大な構図をモチーフとした展覧会

欲しいのはそこで販売するこの「大恐竜展」の資料集。

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キッドと呼ぶような小学校入学前の子供らが博物館に行くなか、アラ還のおじさんが混じるのはちょっと気がひけるが・・・

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キッドはテラノサウルスだとがギガントサウルスとか「のたまう」
なかなかのマニアチックであり、50歳遅れの小生またも、気後れする。

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それでも、なかには写真を撮るおじさん、展示物に食い入る女性もいて、安堵。

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でた。ブロキオサウルス。頭部だけで1mは楽にありそう。

それよりも いわゆる鼻先に穴があるではないか!(下図Bの位置)

鼻先に穴がなく大きくぽっかり開いたところが鼻と言われていたし、ここでもそのように解説している。(下図Aの位置)

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恐竜作家の荒木一生さんがブロキオサウルスのモデルをこの間作成し、ブログで製作過程を書いていた。
「荒木一成の恐竜模型の世界」(ブロキオサウルスを作るぞ!その3)

最初はAの位置にしていた。

それが、Bの位置がいいかな、なんて感じでBに変えていた・・・

今朝の今朝まで、「俺はAだ。間違いない」と確信していたがこのBの穴はなんだ?

兎に角はっきりしているのはAとBを含んだ部分に肉の盛り上がりがあったようだ。

さっそく、わがブロ君を修正しよう。
posted by たけちゃん at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

ブロキオサウルス作りでストレス発散

今日は2回目のブログ更新。

夜遅くまでブロキオサウルスの皮膚の皺付けをし、今朝早くから、同じことを繰り返し、そして色を塗った。

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まずはブラウンに。

ウロコのスキマに色がたまってくれれば良いのだが・・・

「下手くそ!」「なんだこの色ムラは」と思う反面、「なんとでも調整は利く」とか「下手。へた。ヘタ」「堕ちろ。生きよ、堕ちろ」(「堕落論」(坂口安吾)」が出てきたり、「人生はジェット・パラシュート」と言った売春婦に売られた女性作者の名言が浮かんだり。

 マイナス局面に開き直り。起死回生の小説やら評論のせりふが出てくる。

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しかし、どぶネコのようななんとなく我が家に置いてくれなそうな色だ。

このブロ君を作り始めた頃、置くところがないので箪笥の上においていたら、部屋を開けた女房殿が「キャー」と叫んだ。

たんすの上にネコか何かいるのかと思ったらしい。

今度、この姿を見せれば白猫転じてどぶネコで、「このどぶネコ!」とエライことになりそう。

至るところ青色にしていると痩せると、きのうテレビ放送していたので
青色と白と黄色を混ぜた。

mizuiro.JPG

水色。

「聖なる水よ。命を与えたまえ」と西洋の呪術者は言うのであろうか。
では血の色の赤色も配色せねば・・・

こういうような妄想、妄念が沸いてくる。

わかった。
こんなところでも、ストレスを発散しているのか。


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昼飯も食わずにやっていた。

こりゃ痩せるわ。さすが青色効果。
posted by たけちゃん at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

猛進

金曜日は仕事の都合でお休み。

■悩み解消
昨日は「悩ましき古書」のわからないカタカナとして挙げた文字が「合略文字」だとアルファーさんに教えてもらった。

「1キ」は「ト+キ」で「トキ(時)」

カタカナ+カタカナ=カタカナ(合略文字)

2音になるのにオカシイという素朴な疑問もあるが、「漢字カナ交じり文」が無くなるようになり、そのような合略文字の存在価値もなくなったのだろう。

「時」でも「とき」でもええやん。
そういうことかな。

これで「悩ましその1」は解決。

day by dayの元祖、大森貝塚のモースの”Japan Day by day"。ちょっと高額だから躊躇していたが、この際、買っちゃえ!
アルファーボタンをクリック。

これで「悩ましその2」解決。

日本に在庫がないのでアメリカから送ってくるそうな。
これも始めての経験。

到着は1〜2週間先。

それまでに、"Kite Runner"を読み終えなきゃ。


■ブロキオサウルス作り
恐竜模型の造型家の荒木一成さんが数日前より「ブロキオサウルス」作成にかかり、ブログで公開していた。
そして、完成させていた。

早い。すごい。

まねても真似ることができないが、こちらもブロキオサウルス作り猛進

ウロコが終わっているので皮膚の皺作りに精を出す。

この休み期間中に完成させるぞ




posted by たけちゃん at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

悩ましき古書

■カタカナがわからない。
下図のカタカナ表は福沢諭吉が明治4年に発刊した「啓蒙手習の文」の1ページだが、「ン」のあとに続く字は何と読むのだろうか?

katakana.JPG

タイトル : 啓蒙手習の文
タイトルよみ : ケイモウ テナライ ノ フミ
責任表示 : 福沢諭吉編,内田晋斎書
出版事項 : 東京:慶応義塾,明4.3
形態 : 54,35丁(巻之1・2合本);22cm
装丁 : 和装
NDC分類 : 728
著者標目 : 福沢,諭吉(1834−1901);内田,晋斎
著者標目よみ : フクザワ,ユキチ(1834−1901) ウチダ,シンサイ
全国書誌番号 : 40071164
請求記号 : YDM70846
西暦年 : 1871
近代デジタルライブラリー (クリック)

漢字カナ混じり文の「斜架拱」を読んでいるときにも「縦棒にキ」が何度か出てきた。(上表の一番最後の字)

これを今便宜的に「1キ」と表示することにすると、
「コノ稜線ノ交切点ab'c等ヲ求メコレヲ連結スル”1キ”ハ、CeMナル螺状ノ線ヲ得ルナリ」
あるいは「内弧ノ曲線ヲ開キ展バシコレヲ水平面トナル”1キ”ハ推力ニ平行スル線ノ形状ヲ得ルナリ」

「斜架拱」を読みながら前後の関係から「とき(時)」と読んだ。
先の例では「連結スルときハ」、であり「水平面トナルときハ」となる。
漢字として読んだ。

 果たせるかなこの福沢先生の「啓蒙手習の文」ではカタカナになっている。

 どう発音するのだろうか?

大正時代のカタカナ表ではこれらの文字は見当たらなかった。

コンピュータで表示できる文字はJISで規格化されている。
JIS外で表示できないのだから、Webの漢和辞典やら国語辞典でも調べる手立てがない。

ちょっと、のどに骨がひっかかっている状態。

■モースの写真コレクション「百年前の日本」を読むうち、面白いことが2つあった。

1877年6月17日に来日。2日後の19日に東京大学を訪問。その途中で「大森貝塚」を発見。

来日2日目で宝物発見とは!

ちなみこの年の10月西南の役が勃発。
その前にねじりまんぼ(茨木)ができていた。

そのモースが晩年「日本その日その日」という日記とスケッチを残している。

英語のタイトルは

JAPAN DAY BY DAY

お〜。DAY BY DAY の元祖でありました。

この本が日本語版で上下で4,5千円であったようだが、
"DAY BY DAY"を冠した原書は約1万円・・・
これまた、悩ましい話だ。
posted by たけちゃん at 23:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

百年前の日本

■天神橋筋商店街
最近の記事が「ねじりまんぼ」に傾きすぎているので、今日は「恐竜の日」にしようと意気込んだ。

ブロキオサウルスのウロコ付けに8時間!(夜の2時までして朝の6時から10時まで)

20100418.JPG

大阪自然史博物館の「大恐竜博へ」行くぞ!

それが、駅で電車は待てど、来ない・・・
人身事故があったとか・・・
乗れば乗ったで、途中の駅で暫く動かない・・・

「警視庁物語(下)」を読むしかない。

・・・

それで、一駅乗り過ごし。気がつけば「天六」駅

戻ろうにもまた、電車が来ない。タイミングが悪い。

腹も減り天神橋筋商店街でお好み焼きでも食べるとしよう。
お好み焼きは「大ですか小ですか」と聞かれ「大」

今のお好み焼きは小さすぎる。
ソースも辛い。広島風に慣れ親しんだせいか。やはり丸ちゃんのお好み焼きが良い。
丸ちゃんのお好み焼きは15分焼く。
したがって何分で仕上げるか知らず知らず頭のタイマーでチェックが入っている。

日本一長いといわれる商店街を天六、天五、天四・・と天二の天満の天神さんまで歩く。

リーズナブルという印象。それで、ケーキ屋さんで「扇町ロール」の看板。「堂島ロール」は聞いたことあるけど・・・
もう少し歩くと今度は「天満ロール」・・・
途中駄菓子屋で「北新地 呼吸チョコ」をお土産に・・・

非常にローカル的ブランド名を作るという商法か?

古本屋で「百年前の日本」という写真集を購入。
喫茶店でお茶しながらぺらぺらめくる。
「●●屋さん 行列できてるわ」
「どうせ、サクラちゃんやろ」
「?・・・!」

この喫茶店に入る前、思わず寄ろうかとした店のことだ。
この「サクラちゃん」という言葉にその商法

うむなかなかと思う。

■「百年前の日本」


百年前の日本―セイラム・ピーボディー博物館蔵

百年前の日本―セイラム・ピーボディー博物館蔵

  • 作者: 小西 四郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1983/01
  • メディア: 単行本





大森貝塚を発見したモースが色々写真撮影していたものだ。

「大森貝塚を発見したことで有名なモースは1877年に来日し、前後3回、2年3ヶ月あまりの滞在中、日本各地を旅した。そして多くの民具や文物を収集した。帰国後、ピーボディー博物館館長となったモースはそれらのコレクションの保存と整理に当たった。ここ紹介する300点の写真もそのコレクションの一部だ。セイラム・ピーボディー博物館の全面的協力のもと、モース・コレクションとして1世紀にわたり保存されていた幻の写真を現地取材。それは100年ぶりの発掘といえるものだった。写真は、現在では失われてしまった日本の光景を見事に写し撮っていた。もちろん、カラー写真はまだない。着色写真は、明治に入って職を失った日本画の絵師たちの手によるものだ。ガラス板に細かい毛筆を使い、多くは岩絵の具で着色された。当時の絵師たちの技術は世界最高水準にあった。鮮やかな色彩で100年前の日本が甦ったのである。執筆陣には各分野の第一人者を迎え、全写真を解説。」(アマゾン解説)

お〜!ねじりまんぼの時代だ。
どんな作業着かと昨日考えた答えがあった。

「造作をする大工」とか「小屋梁を作る大工」の写真。
1890年。
チョンマゲはいますか?いました。
着物着てますか?大工さんの恰好としては法被にももひき。それにねじり鉢巻。足袋にわらじ。
「ヨイトマケ」ca.1900Laying foundationという写真は1900年、鉄の重石をヨイトマケの声でやぐらにかけた綱をひっぱりドスンと落とす。ここには女性労働者の姿。手ぬぐいを頭にかけて着物に帯。

「良いといういうところまで巻け」=「ヨイトマケ」かな?

馬に荷物を乗せて運搬する「駄賃もち」と呼ばれる人は手ぬぐいでほおかぶりして笠をかぶり法被に股引は大工さん同様

そんなファッションや、「円山公園の桜」とか八坂神社の前の大通りに清水の三年坂(産寧坂)。勿論、銀座(1890年)赤阪、浅草。
安芸の宮島の大鳥居。
 円山公園のしだれ桜はこのあいだ撮ったやつかな?!

そして農村風景
田植えする人々の遠景には遥か水田と木立。

ねじりまんぼの時代、富田あたりから茨木を鉄道の線路測量するのに茨木の紫明園あたりのお寺の松が目標になったという

原野か田んぼが一面に広がっていただけなのだろう。

posted by たけちゃん at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

明治初頭

「警視庁草紙(上)」山田風太郎 読了。

元南町奉行、元八丁堀同心、元岡っ引きチーム対警視庁が難事件を追走する。

「明治牡丹灯篭」に西郷隆盛、落語家円朝、半七捕物帳の半七親分が登場。密室殺人事件で一人の男が死ぬ。
「黒暗淵の警視庁」では江藤新平、岩倉具視に元新撰組で現巡査が登場。
牛鍋屋乱闘殺人事件が起きれば、岩倉具視襲撃事件も起き、銭湯乱闘騒ぎを起こし警視庁を煙に巻き、「人も獣も天地の虫」では坂本竜馬のお竜が絡んでの売春婦摘発事件。そこに清水の次郎長の子分小政が警官に殴りこみをかけて切り死になどなど。
極めつけは「数奇屋門外の変」では18人大量毒殺事件が起きる。


歴史的有名人がチョイチョイと顔を出し、殺人事件のオンパレードに彩りを加える。14,5歳の森鴎外に8歳の漱石、3歳の樋口一葉まで出てきた。

明治初年、ねじりまんぼの時代風景を知ろうと読んだ本書。
斯くも殺人事件に有名人が参加していることかとは到底思わないが、

「死刑に処せられた者が、明治6年で946人である。7年で722人である。そしてこの8年では451人である。」

苛斂誅求とはこのことで「めちゃくちゃ」やりおると風太郎先生。

「さて、明治8年に死刑になった451人のうち、絞首刑が66人を超える。
以前にはなかった現象だ」

つまり、以前は磔、獄門、斬首などであったのが文明開化で絞首刑が採用されるようになった。

ふと、思った
明治初年と言うのは、封建制社会ではないか
明治維新とは単なる政治権力を奪取したクーデターではないかと

金融資本が誕生するのもこれから先だし、地主小作の農業基盤も変わりない。

そういえば、この時期まだ、武士は刀を持っても良いし、元南町奉行も、元同心も髷を結っているし、元岡っ引きはザンギリ頭にする床屋でなく「髪結い」を職にしている。
風俗的にもまだ江戸時代が残っている

明治維新、「明治初年」とはチョンマゲ派VSザンギリ頭派の戦いであり、ザンギリ頭派はアヘン戦争など帝国主義の潮流の中で、中央集権国家作り、力の政治を強引にやり始めたものの、庶民は髷を結うものもおれば、ザンギリ頭にするものもあれば、江戸時代同様の衣服に身を包んでいたのではなかったのか。

「西南の役」では確かに西郷派は武士スタイルで戦闘していた。チョンマゲはあったかなかったかは知らないが。

そう考えると、ねじりまんぼ建設工事の作業員の服装も、江戸時代風に想像すれば良いのかもしれない。

そこにイギリス人技術者が指導し、通訳の洋服を着た日本人技師がいたり、紋付はかまの地域の有力者が見物に来たり。

そんな光景ではなかったのだろうか。
posted by たけちゃん at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月13日

井上ひさし「四千万歩の男」

 通勤電車では「警視庁草紙」(山田風太郎)を読み、帰宅してから、飯ができるまで電子辞書の前で”Kite Runner”を読む。何ページか読んだ頃、「ご飯ですよ」の声がかかり、夕飯を済ませてブロキオサウルスのウロコ付けをし、風呂に入り、ブログを更新する。もう12時。

 お蔭様で結構やること沢山もっている。

昨日、「井上ひさし」が亡くなった。肺がんだったとか。

好きな作家だった。

 海岸に沿って一歩一歩歩いて日本を一周する。それで、アルバムでも作る。

そんなことできますか?

伊能忠敬を描いた「四千万歩の男」(全5巻)は長編だ。


四千万歩の男(一) (講談社文庫)

四千万歩の男(一) (講談社文庫)

  • 作者: 井上 ひさし
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1992/11/04
  • メディア: 文庫





家業を一応成功裏に収め、早々に代替わりして、緯度の一度はどれだけの距離があるか。それがわかれば地球の大きさがわかる。天文観測をしながらその1度分の長さを調べる。そして地形を描き地図を作る。

壮大な構想だ。50歳で天文学の勉強をはじめ第二の人生、文字通り一歩一歩歩み日本をぐるりと回る。
 蝦夷地の測量に出発したのが56歳。

測量するのに色々道具はあるが、彼が多用したのは「歩測」である。
1歩が70cmとか75cmとか、正確に歩き、歩数を数える。

大学の「測量学」実習で大真面目にこの「歩測」の実習をしたのを覚えている。

その歩測をすること「四千万歩」である。

「たいていの人が退職後も20年、30年と生きなければならなくなり、人生の山が一つから二つに増え、それぞれが「一身にして二生を経る」という生き方を余儀なくされつつあるのではないか。これが人生二山説である。この人生の二つの山をもっともみごとに生きた人物の一人がわが伊能忠敬ではなかったろうかと考えて、筆者はこの小説を書き始めた・・・(著者の言葉より)」

俺の場合は一つ目の山もまだ途中だし、二つ目の山は何をするのだろうか。目的意識を持たされた本であった。

 明日は5時起床で金曜まで出張。この間ブログお休み。

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2010年04月11日

山崎近辺のねじりまんぼ

友人から朝一番にメールで「ねじりまんぼ」を見つけたので行かないかという連絡が入り、いそいそとお出かけ。

ねじりまんぼと木津川の「流れ橋」を見に行く。

「鉄道と煉瓦」(小野田滋:著)によるとねじりまんぼは全国で32箇所あったが撤去したもの6、運用を廃止したもの2.生きているねじりまんぼは24となる。

茨木のねじりまんぼは「門の前橋梁」。今日行ったのは「奥田端橋梁」と「円妙寺架道橋」に該当するのだろう。1876年開業
奥田端の方は通行路となり、円妙寺のほうは水路兼抜け道という感じ。
円妙寺架道橋とその本にはあるが「架」より寧ろ「川」という字がふさわしい感じがする。誤植であろうか。

奥田端橋梁
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円妙寺
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円妙寺は高さが1.2mほどでかがんで通る。

床面も煉瓦が敷かれ、現在はその上を生コンで歩きやすいように平坦にされているが一部、その煉瓦が見える。

グーグルのSketch Upで絵を書いたが正しくはないがイメージはこんな構造ではないかと思う。

image.bmp
※アーチ面に対して斜めに坑道を貫通させるテクニックがないのでアーチ面に正対して貫通させたり、煉瓦も斜めにしていないなど、ねじりまんぼとしてはウソ一杯の絵です

床面もゆるい円弧を描いた暗渠で、わざわざ煉瓦もななめに敷いてあった。

木津川の「流れ橋」は自転車で行こうかと以前、彼に漏らしてのを覚えていてくれて車で案内してくれた。

残念ながらというか良かったというか、昨年の台風で「流れ橋」の名前の通り流れ、現在修復工事中。

nagarebasi1.JPG

歩けないのは残念

nagare2.JPG

こうして構成部材を見れるのは「良かった」

川が増水したとき橋の床の部分をあえて固定せずに流出させる。
完全に流出させるものと思っていたが、ワイヤでつないでおくという仕組みらしい。

荒涼とした広い川幅は300mほどあり、時代劇のロケ地となる。

彼に聞くと「観光地」であるという。
木造のこれほどごつごつとした粗野な観光橋梁は考えれば面白い。
流れ橋の構造や最長のものとかいう話題もさることながら、そういうものを大事にするというのも考え方を知って、行って見てよかったと思う。

ただ、ワイヤを橋脚につけて橋の床部分を流しても、結局橋脚には流そうが流すまいが同程度の水圧を受けるのではないか?

陸上側にワイヤを固定するのならわかるが・・・

どうもそこらへんがわからない。

工事が終わってからまた見に行こう。

それから・・・
「京都〜大阪間の鉄道にも4カ所が現存しているほか、1880(明治13年)に開業した京都〜大津間の鉄道にも1カ所が現存しており」(前掲書)西大路・向日町間に「馬場丁川橋梁」φ1.22mを見れば大阪・京都間のねじりまんぼは制覇しますヨ
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2010年04月10日

警視庁草紙

火曜日から出張していて暫く更新できなかった。

金曜に帰阪し、うとうととしてしまい、夜中の2時前に目が覚める。
インターネットでラジオが聞けるようになり、ラジオを聴きながらブロキオサウルスのウロコ付け。

昼前に図書館で山田風太郎明治小説全集「警視庁草紙」(上、下巻)を借りる。

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近くのコンビニで弁当を買い桜の下で昼食を。
良い天気だ。


警視庁草紙〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈1〉 (ちくま文庫)

警視庁草紙〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈1〉 (ちくま文庫)

  • 作者: 山田 風太郎
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 文庫




警視庁草紙〈下〉―山田風太郎明治小説全集〈2〉 (ちくま文庫)

警視庁草紙〈下〉―山田風太郎明治小説全集〈2〉 (ちくま文庫)

  • 作者: 山田 風太郎
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 文庫




「明治6年12月28日のまだ早い朝であった。西郷隆盛は本所小梅の隠れ家から立ち出でた。」で始る明治初年を舞台に「初代警視総監川路利路を先頭に近代化を進める警視庁と元南町奉行所駒井相模守、元同心、元岡っ引きの知恵と力を駆使した対決を」描く。

 茨木のねじりまんぼが明治9年完成。蹴上の琵琶湖疏水工事が明治18年着工。

どういう時代であったのだろうか。興味があった。

明治初年の頃、新聞もあったかどうかわからないが、図書館で見る限り明治10年代になって初めて新聞として資料が残っているようで、明治6年ごろが空白的ではあった。

同書の巻末に年表があった。

冒頭の西郷隆盛の征韓論が破れ下野したのが明治6年。
明治7年に江藤新平による佐賀の乱
明治9年3月 廃刀令
明治10年 西南戦争

茨木のねじりまんぼの時代は没落武士の不満がたまっていた時代である。

樋口一葉の「たけくらべ」が明治28年、森鴎外の「雁」が明治44年
漱石の「道草」が大正4年。

自分のイメージする明治よりもう少し古い、江戸と明治の過渡期的な時代のような気がする。

非常に古い時代だとこれからもわかる。

山田風太郎はここに「半七捕物帳」の半七親分(51歳)も登場させ、密室殺人事件の解決に参加させている。

そこまで読んでまた一眠り。

バイトが終えた女房殿の声で目を覚ませば、夕方となっていた。
posted by たけちゃん at 20:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

インクラインと「雄観奇想」

■昨日は途中までで終わった。
蹴上のねじりまんぼはインクラインの下をくぐる斜めアーチだ。

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砂利道にレール
蹴上のねじりまんぼの上
「インクライン」と呼ばれる設備(レールが見える)

ink.JPG

貨車かと思えるような鉄枠の中に和船が載っている。

レールの上の鉄枠にワイヤをつけてウインチで巻き取る。

それをインクラインと言うそうだ。
インクラインについては詳しい紹介が色んなところで紹介されている。

ねじりまんぼは知っていたがこの、インクラインを誤解していた。
電車のスイッチバックか何かかと思っていた。
まさか、船を運び上げるとは。

スパンも600m弱で短くはない。

琵琶湖疏水の川床勾配が強いので船が上流へ行けない。それなら、ワイヤで船を陸上牽引しようとは!

面白い発想だ。聞いたことがなかった。

yukan.JPG


この面白い光景こそが「ねじりまんぼ」の篇額の「雄観奇想」の意味なのだ。

この光景を知らずに扁額だけ読んでいた頃は??の世界であった。
「単に素晴らしい光景とか奇妙な考え」という国語的な一般的解釈は解釈として、船が陸を走るという発想とその光景を特定したものなのだ。
それを表明する場はインクラインの下をくぐるねじりまんぼの正面、正門に掲げるのがふさわしい。
そう解釈することにした。

ねじりまんぼの裏側には水道用か発電用かわからないが大きな鉄管が斜面を下っている。だから、ねじりまんぼの裏側の篇額は損傷して読めないが「陽気発処」と掲げた。

水道を作り、水運事業を起こし、発電をし、電車を走らせ
まさに「産業活気の発生の根源の場」だからこその「陽気発処」


ねじりまんぼの巻き過ぎも「雄観奇想」に適合させたパフォーマンスのような気がしてならない。

posted by たけちゃん at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

ねじり過ぎまんぼは

朝から散髪に行き、さっぱりした。
帰ってきて、ブロキオサウルスの背中のウロコ付け。

404.JPG

黙々とウロコをつけながら、昨日の「ねじり過ぎまんぼ」がよぎる。

二つある。

■交差角度(斜架角)θと煉瓦の立上り角β(起きょう角、スキュー角)の関係式は

tanβ=2/(π tanθ)

※ π;パイ nに見えるが・・・
skewangle.JPG

θ;A,B,Cで結ばれる角度 ACは道路の軸線。BC;トンネルの入り口面
BC=B'C'(レールが登っているので平行には見えないが・・・)

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この煉瓦の立ち上がり角度がβ

蹴上のねじりまんぼのθは「鉄道と煉瓦」(小野田滋:著)では70度
ネットで地図を引き出し角度を測ったら75°。いささか不正確ではないかと思い、ここでは70度を採用。

これで計算するとβは13度08分
写真で角度を測ると17度30分
4度ほど大きい。展開図を描くと入り口頂部の煉瓦がねじっていき6割りも進めばスプリングラインにあたった。

茨木のねじりんまんぼもθは同じく70度。規模的には茨木の方が半径が広く、長さは大差ないように思う。

それで、このねじりよう。

■確信犯
このβが最初わからず、失敗作の橋のことを「False Arch」と称するらしい。

最初の写真を見ても、それほど線路と道路が斜めと感じない。
75度なら「ねじりまんぼ」にしなくてもよい、というのが当時の考え方であった。
道自体を少しカーブをつける余地がありそうな気もする。
わざわざ「ねじりまんぼ」にする必要があったのだろうか。
むしろわざと「ねじり過ぎまんぼ」を作ったのではないだろうか?


posted by たけちゃん at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

花見のねじりまんぼ

天気良好。少々の風。桜満開。人はたくさん・・・

蹴上(けあげ)でねじりまんぼ、琵琶湖疏水記念館、南禅寺へ行く。

京都に行くまでの電車も混雑。今日が桜の見ごろと皆が移動するらしい。

nejirisugi1.JPG

ura.JPG

ここでは、「ねじりまんぽ」と「ポ」(po)と言うようだ。
大阪弁と京都弁の差かな。うちは「ねじりまん(BO)」。
ねじりまんぼを渡るインクラインと呼ばれる坂道は桜通り。

レールが敷かれ人が石を踏み鳴らすザクザクという音。
手に手にカメラを持ち、花見と写真撮影

誰が、こんなに人が来ることを予感したのだろうか?
明治のインフラ作りの土木技術者らは喜びと驚きを感じていることだろう。

きょうで2回目。ぼちぼちねじりまんぼも終わりにしようかと思いつつ行ったが、最初来たときと同じ思い。

ねじり過ぎてるの違う?
最初来たときは「さすが、正真正銘よく捻じれている」と感心したものだが、今日、この人の多い中で観察するに、これは「ねじり過ぎ」ではないのかといよいよ思うようになった。

別に、これが悪いとは言わないが、「正当なねじりまんぼ」なのか?
という疑問を抱いた。それとも、理解不足なのか?


be-ta.JPG

水平部(スプリングライン)から斜めにレンガが立ち上がっている。
この角度を起拱角(起きょう角)βと言い、線路とその下をくぐるアーチ・トンネルの交差角θには関係式が成り立つように設計する、とは「斜架きょう」のテキストにあった。一定の法則・原理のもとで立ち上がりの角度が決められていたはず。ちょうど進行方向に対して「ひとねじり」するようにレンガ組みをしたものと理解していた。

茨木のねじりまんぼもそこまでは確認していないが・・・
ひとねじりしているものと思い込んでいたが。

ここのはアーチ頂部のレンガのコースがねじって行って出口まで行かずトンネルを6割を超えたあたりでスプリングラインに突入している。
スキュー角が大きいせいだ。

だから、ねじれが大きく見える。ひとねじり半なのか?と思いつつ、なにはともあれ、起拱角を調べるためパチリと写真を瞬間的に撮影するのが精一杯。

メジャーを持って行ったが、さすが測る勇気はなかった。


インクライン、琵琶湖疏水記念館を回り、途中、十石船の運航があるので覗いてみたら、大入り満員で切符完売。

蹴上発電所を撮影して南禅寺へ。

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「水路閣」という水路用アーチ橋を見上げる。
レンガ製だが、よくもこう装飾するものだと感心

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posted by たけちゃん at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

アホの壁

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■4月1日 再就職日 何か書こうと思いつつ筆が進まず、気がつけばブロキオサウルスの手直し。

4月2日 2日目。やっぱり同じ感じ。ブロ君の手直し。
友人のホームページを見て桜づくしの京都の写真を見て、蹴上、南禅寺へ行くことに決めた。

 「ねじりまんぼ」で外せないところだし、前回行ったときは桜も咲いていなかった。

■再就職日までの暇な間にと、ウィキペディアのSKEW ARCH(斜めアーチ)を訳し終えた。
「ねじりまんぼ」の本家の歴史、施工法、考え方が要領よくまとめてあった。

 次はどのようにして作っているのか、レンガの敷設作業の方法はどうしたのかを想像すると、粘土でレンガを作り、レンガで組もうかな?いわゆる”「ねじりまんぼ」建設工事中ジオラマ”を。そうすると、ねじりまんぼの強さが体感できるのではないか?

いやいやめんどくさいど・・・

■ブロキオサウルス君
このブロ君の皮膚感を出すための「うろこ」作りも首の長さ3cmで30分かかった。首長30cmでうんざり。

女房殿がこっそり覗いて笑うこと。

 大の男が恐竜抱えて ちまちま削ったり、粘土付けたりしているのだから。アホなことしてるな。


アホの壁 (新潮新書)

アホの壁 (新潮新書)

  • 作者: 筒井 康隆
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/02
  • メディア: 新書




 梅田で高校の大先輩の本を買う。いいかもしれない。


 しかし、笑われても、どう見ても、体全体にうろこを付けるにはあと10時間はかかる・・・

 火曜日から出張するから、今月中にウロコが終わるかどうか。

レンガづくりではないか。

 



 
posted by たけちゃん at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする