2010年03月31日

茨木ステンション

爺さん・婆さんの家に行く途中「ねじりまんぼ」を見に行くと、付近の元茨木川(今は埋め立てられてグリーンベルト)の桜も七分咲き。

爺さん・婆さんの家での用事を済ませ遅いかなと思いつつ図書館へ。

「茨木市史」(貸し出し禁止)よりローカル情報を得る。

「茨木付近の鉄道路線の予定としては当時においては人家密集地であった茨木村の中央を通るように立案され」てはいたが「石炭の燃えさかる陸蒸気が人家の近くを通ると、火災の心配があるとして住民の反対運動がおこり、廃案となった」

住民運動ですか・・
蒸気機関車という見たことも無いものへの畏怖というか恐怖感もあっとのだろうし、なんといっても大工事だ。
ちょっと待てよというのがわかるような気がする。

できた「茨木駅は「茨木ステンション」と通称され、・・・駅付近は一面の農地であり新池(現在埋め立てて駅前広場造成中)のほとりに茶店が一軒あったのが、唯一の建物であったといわれている」

人気の無い田んぼの真ん中に駅ができたわけだ。

引用文中の括弧の新池というのは40年くらい前にはあった。
そのころ、歩道橋もなく駅舎から少し離れたところに池があり、その池の向こうに春日丘高校。

エクスポ70(万博)を前にして大きく駅前が改造された。本書はその頃編纂された。

明治9年7月28日に大阪・向日町間の旅客輸送が開始
8月9日に吹田・茨木・山崎の「3停車場」が、9月5日に京都大宮通りの京都仮停車場が設置
「明治10年2月 京都・神戸間鉄道開業式が挙行されるに際して明治天皇が京都・大阪・神戸の停車場に行幸され、茨木地区の小学生も正装して出迎えるよう指示されている」

「茨木ステンション」に集まったのだろう。

明治10年の列車時刻表があった

大阪 6:40 9:40 12:40 3:40 6:40 8:40
吹田 6:58 9:58 12:58 3:58 6:58 8:58
茨木 7:15 10:10 1:15  4:15 7:15  9:15
高槻 7:32 10:32 1:32 4:32 7:32 9:32
山崎 7:50 10:50 1:50 4:50 7:50 9:50
向日町8:08 11:08 2:08 5:08 8:08 10:08
西京 8:28 11:23 2:23 5:23 8:23 10:23

茨木は7時から3時間ごとに1本。○時15分発か。

大阪-茨木 現在では17分210円だが、
当時で35分。思いのほか速い。
下等運賃で14銭とあった。調べれば1400円ほど。


「開通当時の機関車・客車ともイギリス製で、機関士もまたイギリス人であった。5両連結車で一両の定員は30名。”乗車セムと欲スル者ハ、遅クトモ表示時刻ノ十分前ニ来り、切手ヲ買入レ」なけらばならなかった」
posted by たけちゃん at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする