2019年04月14日

ポタリング 毛馬へ

 やっと暖かくなってきた。
久しぶりに淀川河川敷から大阪市都島区の北側、毛馬へ。この3月に「おおさか東線」が開業し新大阪から奈良へのアクセスがよくなった。
開業に伴い南吹田駅、JR淡路駅、城北公園通駅、JR野江駅が新設された。毛馬に近い赤川に城北公園通駅ができたのでポダリングで散策してみた。

 元茨木川の緑道を通り沢良宜から摂津市役所を経て鳥飼大橋あたりに出て淀川の堤防に出る。
あとは淀川沿いに下流へ。

IMG_4096.jpg

30分も走れば、小さいころ18門鉄橋と呼んでいた「赤川鉄橋」が見える。

IMG_4099.jpg

城東貨物線として使われていたのが、今回は「おおさか東線」という旅客線として復活。
暫く行くと与謝野蕪村の碑と毛馬の閘門に出る。

IMG_4100.jpg

ちなみにこの近くにある淀川小学校は小学5年生までいた。
今から50年以上前の話だ。従って、その当時の毛馬の閘門は次の写真のようなものではない。

IMG_4102.jpg

IMG_4103.jpg

昔の閘門は煉瓦造りで轟音を上げて水が放出されていたのが印象的だ。その施設がが今も保存されている。

IMG_4104.jpg

IMG_4108.jpg

IMG_4110.jpg

IMG_4113.jpg

IMG_4114.jpg

 大阪城建設のため運搬された石垣が淀川で落ちて使えなかったもの。それが回収されて「毛馬の残念石」として置かれている。

IMG_4117.jpg

 半世紀以上前の通学路を通り、大東町の商店街を抜けると、昔、市電の「赤川町1丁目」の停留所近くに「城北公園通り駅」があった。

IMG_4120.jpg

posted by たけちゃん at 08:16| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月19日

岸なぜ橋梁

ぼちぼち春か。昨日は天気も良い。ちょっと温い。
岸なぜ橋梁は高槻市にあるレンガ製暗渠だ。ねじりまんぼの奥田端拱橋の近くにある。自転車で40分ほど。
この暖かさなら水の中に入ってもよかろう。もちろん、長靴持参ではあるが。

mapkisinaze.jpg

写真を撮り寸法を測る。

cad1.jpg

@部 レンガアーチ
IMG_4048.jpg

IMG_4049.jpg

IMG_4052.jpg

面壁も側壁も乱積みと呼ばれる石積み工になっている。

A部 補強部分
IMG_4053.jpg

B部
IMG_4055.jpg

C部 コンクリート製の函渠
IMG_4060.jpg

@の入口から数メートル先、左側の側壁に矢穴を見つけた
IMG_4071.jpg

IMG_4074.jpg

IMG_4075.jpg

IMG_4080.jpg

cad2.jpg
posted by たけちゃん at 14:08| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月02日

休眠

 2月は1度もブログを更新しなかった。
休眠状態だ。

 1月に入って今まで書いてきたレンガアーチや石造りの橋脚などの記事をエクセルに転写し直す作業をし始めた。
(先日、50Mを超す容量になり、中断した。)

 斜架拱橋の英語の古書(1874年発行)をWEBで見つけたので、該当箇所をワードにコピーし、和訳をし始めた。
(”Spons' Dictionary of Engineering,Civil,Mechanical,Military and Naval” 「スポンの土木、機械、軍事、海軍工学の辞書」)
釈迦拱橋の部分は図画を入れて20ページほどだ。8割ほど訳し終えた。
hyousi.JPG

文中に公式が載っているのでその証明を解読したり、図面をCADで書き写す作業が残っている。
古書に書いてあるほど簡単に式が導入できない。図も描けない。
あとどれくらいかかるやら。

朝一番の1時間ほどのウォーキングや昼前に1時間半ほどかけてサイクリングをする。
リタイヤ組としてそれはそれですることを作って時間を費やしている。


それが2月初めごろから体調が悪くなってきた。

7年前、大腸がんをわずらってから便秘と下痢を繰り返すようになった。余りひどくなると整腸剤でコントロールしてきた。
それが、この2月始めごろからずーと頻便と下痢が続いている。3週間を超える勢いだ。腸の調子がよろしくない。

レンガアーチ探訪はこの体調ではやばい。

寒かったので体が冷えてそうなったのかもしれない。

数日後に、また、定期診断があるので相談にのってもらうことにする。

お蔭で体重は3kg減。





posted by たけちゃん at 08:28| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年01月13日

馬場丁川橋梁 データ

馬場丁川橋梁を採寸し図化した。

ねじりまんぼ 正径間長5フィート
IMG_3988.jpg

まんぼは両端がコンクリート製の四角断面の函渠が接続されている。
キャプチャ1131.JPG

レンガアーチ部の断面
1103.JPG

両端をコンクリート函渠で接続されているのでアーチの巻数は見れないが、多分3巻なのだろう。

正径間長a=1.53m 斜径間長b=1.60m
理論式では斜角θ=73°、レンガの傾きβ=11°となる。

起拱部を撮影した。
レンガの傾き(β)は17.6°となる。理論値とは差は.若干である。
 1132.JPG

1133.JPG

SketchUpで作図
女性が宙に浮いているが、馬場丁川橋梁は地下にある暗渠だ。
空飛ぶ絨毯のような絵柄が地面だ。
1111.JPG

反対方向
1112.JPG

1113.JPG

道路側の入っていくとレンガアーチに石でできた半円形のものが天井部に付けてある。
1114.JPG
posted by たけちゃん at 08:35| Comment(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年01月09日

ねじりまんぼ馬場丁川橋梁へ

 今日は良い天気だ。明日は寒波だ。週末も天気はよくない。そんなわけでレンガアーチ探訪は今日しかない。
岡山、津山方面の探訪もしたいが、短い晴れ間では難しい。
 こちらで行けそうなところと言えば、「馬場丁川橋梁」だ。

ノートやマイ・ブログを調べると写真はあるが、採寸情報が出ていない。
わずかに走り書き程度に正径間長、斜径間長を測った記事がノートにあった。
何年か前の話だし、確認のためにも行ってみよう。

折りたたみ自転車を担いでJRで桂川駅まで行く。
10時ごろなので乗客も1車両に10人ほどだ。折りたたみ自転車を車内に持ち込むときは、先頭車両に乗るとか、乗客の少ない時間を選ぶ。

桂川で自転車を組み立て10分ほど。
祠が目安なのだが、かなり痛んでいた。

IMG_3976.jpg

IMG_3989.jpg

IMG_3978.jpg

IMG_3980.jpg

IMG_3979.jpg

レンガが風化を感じさせない色合いだ。

採寸した。

ものの30分ほどで撮影も記録も完了。

帰りはチャリで帰る。3時間ほどかかった。さすが疲れた。
posted by たけちゃん at 09:52| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

謹賀新年 2019年

blognewyear.JPG
posted by たけちゃん at 05:11| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年12月28日

中奥里道架道拱橋 模型

3次元CADで描いた奥中里道架道拱橋。
複線化する前のレンガ造り部のアーチ橋だ。

12244.JPG

段ボールと展開図で模型を作った。縮尺1/50

DSC_0268.JPG

20181228_74237166.JPG

DSC_0267.JPG

posted by たけちゃん at 08:34| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年12月24日

中奥里道架道拱橋 立体図

SketchUpで中奥里道架道拱橋を作図した。

このアーチ橋は今は道路として活用されているがかっては水路でもあった。それをふたをして通行できるようにしている。
レンガ組みされた面壁側から5m48cmで接続部がある。
この長さで1891(明治24)年に単線で運用された。
その建設手順を想像した。

まず、アーチを作る。橋台幅は8フィート(2430mm)アーチ・コルベルトの雛形図と同じ寸法とした。

12241.JPG

backing(憑台)、面壁を作る

12242.JPG

ここで、憑台上部の勾配は1:3とした。

12244.JPG

築堤が埋立てられ線路が付けられる

12245.JPG

1910(明治43)年複線化によりまんぼも延長された。
ただし、こちらは側壁、面壁には石積みが用いられた。

12247.JPG

この二つのまんぼのサイズを測った。その諸元を下表にまとめた。

1223a表.JPG




1223表.JPG
posted by たけちゃん at 08:57| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年12月21日

中奥里道架道拱橋(山陽本線 三石)

 山陽本線の三石のレンガアーチは多彩だ。
資料がそのままになっていたのを整理し始めた。

map1221.JPG

平面図
heimenzu.JPG

A面は面壁はレンガ積であるが黒色、茶色のレンガがモザイク模様を描いている。
IMG_0579.jpg
レンガアーチは3巻。330mm

B面は石積みの面壁だ。アーチはレンガ4層、4巻 430mm
IMG_0577.jpg

接続部
IMG_0578.jpg

A側の天井
IMG_0581.jpg

側壁もレンガ工
IMG_0582.jpg

他方B面側
IMG_0584.jpg

このまんぼの橋台部はどうなっているのか想像する。
明治期のレンガアーチの橋台形状を検討するための製図法を知った。
それをこのまんぼに当てはめて作図した。
破線が検討用の橋台形状だ。

それに対して明治後期に鉄道省で雛形とされたアーチコルベルトの図を実線で描いた。
その当時、山陽本線は民営鉄道でもあり、雛形図に拘泥するものではないだろう。

しかしながら、破線部分と実線部分がほぼ一致したのには驚いた
Amen.JPG

posted by たけちゃん at 09:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年12月16日

資料整理

 今まで訪ね歩いた鉄道遺産、自流で言うなら「まんぼ類」のノートの整理をせねばとずっと思っていた。
岡山の三石の煉瓦アーチの探訪ではブログで紹介もしているが、採寸した情報は未整理のままのものもある。

 そんなものを整理し始めた。

DSC_0262.JPG

建設当初は3巻のアーチであったものが複線化により、レンガアーチを増結する必要があった。
すると、アーチは4巻にされた。壁面も、当初部はレンガ壁が、増結部は石積みにされている。

 きっと、憑台(橋台)も当初部分はレンガ製であろうが、増結部の橋台下部は石積み工なんだろうと想像する。

*****
 図書館で借りた「田辺聖子珠玉短編集4」を読み終わる。
昭和48年から平成元年までの小編が8本載っていた。読んでいると何か「はるか昔」という実感が湧いてきた。

DSC_0259.JPG

「社長ぐらいの年やったら、これ、もうどうでもようなるねんけどな」
という。社長は六十五の爺さんで、これと一緒にされてはかなわない。(「壺坂」昭和48年)

 昭和48年では65歳は「爺さん」なんだ。今より爺さんぽい爺さんであろうが。
この一節を読んだとき、そんな歳になったのかと思うと感慨深いものがある。

posted by たけちゃん at 09:18| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする